Script

 01 宵闇の境界 Welcome to Twilight Latitudes

No. キャラ 台詞、状況
001 コーラル

 奇妙な体験をしたことはありませんか。

 私はあります。それを奇妙だと言い切る事が出来るかどうかは、私には分からないのだけど。

002 コーラル

 とにかく、私自身が感じる『不思議』というものが、私の目の前に現われたのです。何もかもが捩れておかしくなってしまうという事が。

 私の体験を、人は神隠しと言うのだけれど――。

003 コーラル

 満月の夜には不思議な力があるという言い伝えがあります。

 その言い伝えは私の住んでいた村にも、当然のように存在していました。

 だからこそ森には立ち入るなと教えられていたのです。

004 コーラル

 ”村の外れの森は、一度入ったら出られない”

 口を揃えて、大人は言います。

005 コーラル

 何故、そう言い切れるのでしょうか。

 森から出てきた人を見たという人間がいない事は確かな様だけど。

006 コーラル

 本当に誰も出てきた事がないと言い切れるでしょうか。

 確かめようとする人はこの村にはいません。

 夜の森には魔物が棲むと大人は言うから。

007 コーラル

 満月の夜に、この森に封じ込められた魔導師の呪いが掛かっていると言うのだから。

 特に今日みたいな、良く晴れた10月31日の夕方には。

008 コーラル

 太陽の季節が終わり、暗闇の季節が始まる頃、二つの境界の門が開く。

 忘れもしない。あれはそう、まさに10月31日の夕方のこと。

009 コーラル

 宵闇の森、嘘だらけの冥界。嘘をついてるのは誰?

 コーラル・バーリーは同じ土を何度も踏みしめ、ぼんやりとした頭で疲弊した体を預けられる場所を探した。近くの大木が丁度良いと判断すると、よろよろと不安定な足取りで近寄った。

 しゃがみ込んで一つ安堵の溜め息をつき、木につけたはずの目印が今だそこに残っているのを確認する。

010 コーラル

「まただ……なんでー? おかしいな……何度も同じ場所を通ってる気がするのに、一向に森から出れそうにない」

 括りつけた橙色のリボンがそっくりそのまま枝に縛り付けられている。

011 コーラル

「縛ったリボンどころか、折った枝も、置いた大きな石までそのままなんて。同じところを行き来してるとしか思えない」

 どこかで同じ景色を繰り返しているはずなのだ。途切れる場所が分からず、何度も歩いている間に再び迷う。

012 コーラル

「気をつけて見てるつもりなのに、ここに着くまでの景色がいつも違うのは何故? 同じ場所をぐるぐる回ってるわけじゃないのに……」

 コーラルはすっかり疲れ切った様子で溜め息をついた。代わり映えのない木々に囲まれた空を眺めるのも、もう飽きた。膝を抱えたまま石の上に座り込み、僅かばかりの休憩を挟む。

013 コーラル

「暗くなってきちゃったし――さっきは同じ道を試したから、今度はこっち行ってみよう……。どこか休むところがあれば良いんだけど。こうも暗くちゃ何も見えないし」

 ぽつりと呟く。

014 コーラル

『何が神隠しよ、そんなもの大人のでっち上げだってば。あんな森、怖くなんてないんだから。見てなさいよ、ちゃんと魔女の小屋まで辿り着いて、必ず帰ってくるからね』

 朝口にした言葉が脳裏に過ぎり、頭を抱えたい衝動に駆られた。ろくでもない宣言をしたものだ。今頃己の浅はかさを後悔しても既に遅い。

015 コーラル

「こんな事なら意地を張るんじゃなかった」

 コーラルは渋々ながら立ち上がり、重たい足取りで歩き出す。炎を灯したのではないかと思えるような夕暮れの不気味な赤が足元まで伸びる。闇がすぐそこまで触手を伸ばし、コーラルをも飲み込もうとしている。

016 コーラル

「ん? なにかいるの?」

 ふと背後に足音を感じてその場に立ち尽くす。

 明らかに自分とは違う足音は、自分が足を止めると同時にぴたりと止んだ。

017 コーラル

「気の所為かな?」

 周囲を目で追ってみても、自分以外の生き物の気配などありはしない。熊や狐の類が突然出てきても困るものだが、何もいないのは気味が悪い。夜の自然というのはあまりに恐ろしく、葉の掠れる音にさえ何かが潜んでいるのではないかと思える程だ。

 再び歩き出そうと足を踏み出す。

 今度は勘違いなどではなく、はっきりと耳元で地面を叩く音がした。

018 コーラル

(やっぱり――気の所為じゃ、ない。どうしよう、振り返る? 逃げる?)

 選択を渋りながら足を止める。追ってきた足音も一緒に止まった事がなお不気味だった。走ればそれも追ってくるのだろう。ならば。

 固く目を瞑って覚悟を決める。

019 コーラル

(よし、振り返ろう。いち、にの――さん!)

 勢い良く踵を返し、背後にいるはずのものを視界に納める。

 しかし何もない。

 目を丸くしたまま辺りを探し、左右含め前方に何もない事を確認すると、自然と視線が足元に向かった。

020 コーラル

「くっ……黒猫?」

 足に絡みつく獣に驚き、一歩後退る。猫は鳴き声を上げて、より一層コーラルに近寄った。妙に不安を掻き立てられる猫だが、怪しげな人間でないだけましというものだ。

 恐る恐る抱き上げ、普通の猫であることに安心する。

021 コーラル

「なんだ、脅かさないでよ」

022 バーミリオン

「喋るけどね」

023 コーラル

「ひっ!」

 唐突に黒猫が人語を口にしたもので、コーラルは反射的にそれを投げ捨てた。しかし黒猫は特に慌てもせずに身を捻って着地する。

024 バーミリオン

「おっとと、放り投げるなんてヒドいなあ」

025 コーラル

「普通、猫が喋れば驚くでしょ!」

026 バーミリオン

「普通じゃないから喋るんだろー」

027 コーラル

「だっ、ダメダメ。こういうのは変に反応したらつけ上がるっ。夢だ夢夢、疲れてるだけ!」

 頭をぶんぶんと左右に振って今見た光景を忘れようと努める。

 こういった類をまともに相手にしてはいけない。そんな直感が働いて、コーラルは元来た道を戻ろうと半身を捻った。

028 バーミリオン

「駄目だよ振り返っちゃ」

 素っ気無い態度で首を傾げる。哺乳類が人間同様に喋る事に納得の行かないコーラルは憮然たる面持ちで応じる。

029 コーラル

「なんでよ。そんなの私の勝手でしょ」

030 バーミリオン

「駄目なんだってばー。ループが乱れて練り直しされちゃうから」

031 コーラル

「ループ? なにそれ」

032 バーミリオン

「この森に近付いちゃいけないよ、結界が張ってあるんだ」

033 コーラル

「今頃言わないでよ。とっくに出られなくなってるじゃない」

034 バーミリオン

「じゃあ明るくなるまでオイラの家で休むかい? ああ、でもなあ……やっぱ今のナシね」

 言っている事の順序がおかしい。まず最初に忠告をすべきだと内心思いながら、黒猫に掴み掛かろうと腕を伸ばした。猫は素早くてコーラルの手に負えず、あっと言う間に数歩先へ移動してしまう。

035 コーラル

「ちょっと待ってよ、置いて行く気?」

036 バーミリオン

「んん? もしオイラが更なる森の奥へ向かうって言っても、ついてくる?」

 猫は意地悪めいた風に顔を歪めた。癇に障る猫だ。コーラルはむきになってその後をついて行く。

037 コーラル

「こんなわけの分からない場所に放置されるよりずっといい! 家に来たらいいって今、あんたが言い出だしたんだからね。ここで引き返してまた迷子になったら、今度は誰も通らないかもしれないじゃない」

038 バーミリオン

「わけの分からない場所とは失礼な。オイラのお気に入りの場所なんだぞ」

039 コーラル

「よくこんな気味の悪いとこにいられるのね」

040 バーミリオン

「慣れちゃえば大した事ないさー。でもこの先は、キミの神様が遠退いていってしまうよ? それでもいいの?」

041 コーラル

「意味が分かんない。もうちょっと分かりやすく言って」

042 バーミリオン

「祝福とは程遠いところに向かってる、って言っても分からないかな。困ったニャー」

043 コーラル

「語尾にニャーをつければ猫っぽくなるとでも思ってるの?」

 困惑するコーラルを微苦笑で向かえ、黒猫は跳ねた。

044 バーミリオン

「その程度で猫になれるならもっと気が楽かな。オイラはバーミリオン。キミは?」

045 コーラル

「コーラル。名前なんて聞いてどうするの」

046 バーミリオン

「呼ぶ時に少女Aだと不便だろ。呼びやすい方がいいに決まってら」

047 コーラル

「ああそう、そんな理由」

 機嫌良く尋ねる黒猫につられて苦笑を浮かべ、コーラルは肩を竦めながら答えた。周囲の景色が闇に溶け始め、先程までコーラルがうろついていた森とは違う感覚が漂っている。

048 バーミリオン

「オイラは忠告したもんねー、オイラは悪くないよなー」

049 コーラル

「なに? なんか言った?」

050 バーミリオン

「うんにゃ、独り言。なんでコーラルはこんな森に入ったの?」

051 コーラル

「ただの肝試し。皆が森を怖がるから。でも確かに変な森。捩れた木なんて見たことない。村の隣にあるのに誰も来た事がないなんて、気味悪がって近寄らないだけでしょ。大した事ないじゃない」

 森の深くに来ているにも関わらず、それほど湿気を感じない。宵闇に沈み、暗い空に浮かぶ星はコーラルにもよく見覚えのあるものだ。木々が重力に従わず、おかしな曲線を描いている事だけが気に掛かった。

 奇妙に捩れた空間の中にいる気がした。何故そう思ったのかは定かではない。

052 バーミリオン

「迷子になりやすい森だからねえ」

053 コーラル

「そうだ、森の奥に魔女の家があるって噂、本当?」

054 バーミリオン

「うん、本当な話。森の奥だけど、森の始まりでもあるよ。オイラはそこの魔女の使い。ほら、そろそろ景色が変わってくる頃だろう?」

 時々こちらを振り返りながら進む黒猫が足を止めた。言われて再度周囲を見回したものの、バーミリオンが言う程の差はないように見える。

055 コーラル

「やけに黒い木ばっかりだけど」

056 バーミリオン

「おや、それ以外に違う場所が見つからない?」

057 コーラル

「うーん……少し霧っぽくなってきた? 白い靄がかかってるような――」

 不意に視線を戻す。見覚えのない橙色の物体にぎょっとし、コーラルはすぐにでも逃げられるよう無意識に腰を落とした。

 そこに黒猫の姿はない。代わりにそこにいたのは、人間の服を纏った大きな頭の人間らしきものだった。今のバーミリオンと思われる存在は、頭一つは余裕でコーラルを越している。橙色の丸い野菜頭はどう見てもカボチャでしかない。

058 バーミリオン

「あれ、そんなぎょっとしちゃってどうしたの?」

059 コーラル

「って、あんた何!? やっぱり化け猫だったのね!」

 指を差して悲鳴じみた声を上げると、目と口を綺麗にくり貫いたカボチャがくるりと振り返る。

060 バーミリオン

「確かに化け猫だったけど、そんなはっきり傷つくなー」

061 コーラル

「なにそんなカボチャなんて被ってんの、脱ぎなさいよ変人!」

062 バーミリオン

「中に人なんていませんよ」

063 コーラル

「嘘! 今すぐそんな被り物取りなさい、重たくて首が疲れるだけよ!」

064 バーミリオン

「中に人はいないってばー」

 そんなはずはない、と己に言い聞かせ目の前のおかしな光景を否定しようと試みる。人の頭のある位置にしっかりカボチャが据えていて、そこから人間の胴体と手足が繋がっているのだ。悪ふざけをしてカボチャを被っている以外に考えられない。

 バーミリオンは困った顔で上半身を傾けた。そこへすかさず飛びつき、頭のカボチャを剥がそうと引っ張ってみる。

065 コーラル

「取りなさいよ、気味が悪いったら」

066 バーミリオン

「あっ、やめてやめて身が出る! 身が出る!」

 根を掴んでぐいぐい引っ張ってみるものの動きはせず、バーミリオンが悲鳴を上げるだけに留まった。剥ごうにもびくともしない事に舌打ちし、コーラルは苦い表情で手を離す。

067 コーラル

「ねえ……そのカボチャ頭、本当に被り物じゃないの?」

068 バーミリオン

「そう言ってるじゃないかー、子供は時に残酷だーい」

069 コーラル

「……見ててお腹が空いてくるから、できれば外して欲しいんだけど」

070 バーミリオン

「食用禁止ですからね! 間違っても非常食じゃありませんからね!」

 肩を出して身震いしながら、全力で否定する。その様子からするとどうやら嘘ではなさそうだ。コーラルはやや残念そうに肩を落として視線を逸らした。

071 コーラル

「ああーもう、道に迷うわ変なものに会うわ、いっそカボチャ被ってるだけの変人のが良かったな……」

072 バーミリオン

「喋る猫が人型になっても驚かないんだねー、オイラはそっちにビックリだ」

073 コーラル

「猫が喋るって時点で十分ビックリしたし、なんかもう、驚くのも疲れただけ」

074 バーミリオン

「早速慣れられちゃった!? オイラそんなにパンチない?」

075 コーラル

「パンチっていうか、最初はドッキリするけど二度目はもう分かってるからドキッとしないと思う」

076 バーミリオン

「うっ! オイラの駄目な部分をしっかり見抜かれた! 今度から悪戯する時には気をつけよう……精進します」

 正直な感想を述べると、バーミリオンは心底がっかりした様子でトボトボと歩き出した。微かに辺りを照らしていた明かりは木々に遮られ、深い闇が辺りを覆い隠す。

077 コーラル

「あ、ちょっと待ってバーミリオン。もう少しゆっくり歩いて欲しいんだけど、暗くて足元見えなくなってきたし」

078 バーミリオン

「月明かりで見えない? もう少し進めば灯りのあるところに出るんだけど、ここじゃ何もないなあ」

 夕闇の中歩いてきたお陰で目は慣れていたが、僅かに落ちる影に目を凝らしてもその先は見えない。

079 コーラル

「ダメ、バーミリオンほど目は良くないみたい。ちょっと影になってるとこは全然見えないもん」

080 バーミリオン

「よしじゃあちょっとお願いしてみて、ホラホラ。おねがーいバーミリオン様☆って可愛く」

081 コーラル

「とっとと火を焚けカボチャ頭。ここで衰弱死するような事があったら、心優しーいはずのバーミリオンが私の事を見捨てたんだ、って一生祟ってやる」

082 バーミリオン

「グフッ! オイラの長い一生を祟られたらこの先の人生真っ暗すぎる! うう、ちょっと待っとれ、今火を起こして……ブフ!」

 マッチらしき物を探していたのか、バーミリオンがポケットを漁っている間に彼は何かに薙ぎ倒される。一瞬頭が吹き飛んだようにも見えたが、あれだけ引っ張って外れなかった頭だ。外れるはずがない。コーラルは咄嗟に上半身を伏せてバーミリオンの倒れた先を目で追った。

083 コーラル

「バーミリオン!?」

 外套を羽織った胴体がだらしなく伸びている。しかしそこに見慣れた橙色の球体はなく、少し離れたところに転がっていた。

084 バーミリオン

「ぐ、ぐふっ……不覚……」

085 コーラル

「頭! 頭取れてるし! やっぱり被りものだったんじゃない!」

086 バーミリオン

「か、被りものでは……」

 ごろごろと回りながら円を描いているカボチャを手に取ると、コーラルはもう一度驚く羽目になった。

087 コーラル

「なにこれ! 頭の中身からっぽだし、本物のカボチャじゃない!」

088 バーミリオン

「だから中に人はいないって言ったのに」

 しかし今更驚く事もない。カボチャ頭が森をうろつく事自体が既に非現実的な現象だ。極めて冷静にカボチャをバーミリオンの胴体の前に差し出すと、彼はのそのそと鈍い動作で起き上がりながらカボチャを被った。

089 コーラル

「出っ張った枝にでもぶつかったの? って、頭前後反対になってる」

 綺麗な吹っ飛び様に感心しながら問う。バーミリオンは前と後ろを間違えた頭を直しながら答えた。

090 バーミリオン

「いや、違うんだ。誰かいるから気をつけて。うっかりして殴られちゃった」

091 コーラル

「殴られたって――誰もいないじゃ……」

 誰かがなんて言える程の人らしき気配など感じなかった。獣の息遣いでもない。バーミリオンが不自然に転んだ事だけは己の目で直に見ているので、コーラルは少しの警戒心を持って自分の周囲に何かが潜んでいやしないか目を瞑る。

092 バーミリオン

「危なーい!」

093 コーラル

「わあ!」

 風切り音が耳元を掠め、同時にバーミリオンらしき腕が懐へ潜り込んだ。勢いで引き摺り倒され、コーラルは派手に転んだ。背中に木が当たったらしく、衝撃をまともに受けて呻いた。

094 バーミリオン

「だだだ誰かと思ったらー!」

095 マルベリー

「外したか。フン、周囲に意識を集中させたところで、俺のような死者の気配なんて当てにならないぞ」

 舌打ち交じりに吐き捨てられた男の声は、バーミリオンの物ではなかった。鈍い痛みに顔を顰め、地面に手を付いて起き上がる。土を踏む足音がすぐ側まで迫っていた。

096 コーラル

「バーミリオンじゃなくて、私を狙ってるの――?」

 確実に近付いてくる音を耳にして、背筋が冷えた。落ち着いた声音が再び近くで聞こえる。

097 マルベリー

「侵入者は排除する」

098 バーミリオン

「待て待て待てマルベリー、待てってば! その子は侵入者じゃなくって」

 バーミリオンが隣で固有名詞を叫んでいたが、聞く耳持たずと言わんばかりの様相で再びコーラルの目の前を何か固い物体が通り過ぎる。

099 コーラル

(何か受け止めるもの……そうだ、これ!)

 転んだ拍子に掴んだ幹を突き出す。木の抉れるような音が響き、上半分がその場に落ちた。

100 マルベリー

「木か……子供の割に判断がいいな」

 深く被ったフードの下に不機嫌そうな顔が覗く。右目は眼帯で覆われていて分からなかったが、コーラルを睨む緑眼が明らかな嫌悪感を伝えてくる。

101 コーラル

「セ、セーフ! 死ぬかと思った……」

 何か固い物を手にしているようだったが、コーラルの位置からでは確認できない。男がそれを軽々と持ち上げ肩に立てかけた。足元で抉れた土が舞い上がり、三角状の鉄から正体を察する。

102 バーミリオン

「ああー顔がちょっと抉れちゃったよ。もー、掘るのは土だけにしてよね」

103 マルベリー

「どうせすぐに元に戻るだろう、痛覚も持たない体じゃないか。気にする必要もない」

104 コーラル

「シャベル!? シャベルなんかでバーミリオンを殴ったの!?」

 男が握っていたものが金属の塊だという事以外認識していなかったコーラルは、それが何であるかと悟って目を見開いた。

105 マルベリー

「武器にもなる万能道具だと知らんのか」

106 コーラル

「そうじゃなくて、そんなもので殴ったのって聞いたの」

107 マルベリー

「そんな事か。そいつはこの程度じゃ死なない、怪我もしない。俺の邪魔をするなら丸ごと払い除けるだけだ。そいつにも、そうされるべき理由がある」

108 コーラル

「理由って、なに」

109 マルベリー

「外の人間には関係がない」

 自らを正当化する必死さは感じられない。淡々と事実だけを述べてくる男にこれ以上何を言っても無駄だと感じ、コーラルは呆れた。

110 コーラル

「外の人間? この先に集落でもあるの? 何でいきなり私に襲いかかってきたの?」

111 マルベリー

「お前が、こちらの領域に踏み込んで来たからだ。お前のような人間が来る場所じゃない」

112 コーラル

「駄目なの?」

113 マルベリー

「俺はお前を侵入者と判断した」

 バーミリオン以上に意味の分からない事をいう男だと思った。

114 コーラル

(意味わかんない。こんな真っ暗な中、一人で帰れって言うの? なんかこう、やたら偉そうなのが鼻に付くっていうか……バーミリオンは――)

 罵倒したい気持ちをぎりぎりのところで抑えながら、バーミリオンに仲介してもらえないものかと視線を仰いだ。バーミリオンは口元を押さえたまま間抜け面を晒している。

115 バーミリオン

「オイラがうっかり連れて来ちゃったんだよー」

116 コーラル

(駄目だありゃ、使えない)

 目の前にいる男に対して何かが出来るとも思わない。諦めて向き直ると、男はこちらに鬱陶しそうな顔を向けていた。

117 バーミリオン

「おーい聞いてんの、マルベリー。オイラの事は無視ですかー」

118 コーラル

「大体、侵入者ってどういうこと。動物の縄張りみたいな主張しないでよ」

119 マルベリー

「お前の世界と、こちらの世界の境界線を跨いだ。それ以上の説明は必要ないだろう?」

 シャベルを引き摺ってコーラルに近付く。

120 バーミリオン

「マルベリーってばー。オイラが魔女と交渉してなんとか――」

121 マルベリー

「生きた人間をこちらに入れるわけにはいかない。お前のためだ、それ以上は煩い妖精にでも聞くんだな」

122 コーラル

「森の奥に用があるだけよ!」

123 マルベリー

「森の奥? 魔女の事か」

124 コーラル

「魔女の小屋があるって話を確かめたいだけ。一晩休ませてもらって、それで明日の朝には帰るつもり。何の不都合があるの?」

 土埃を叩き落としながら立ち上がり、コーラルは堂々と告げた。それで効果があるようにも感じなかったが、男は一瞬目を丸くし顔を上げると、その場で逡巡した。

 その間にバーミリオンが鈍重な動きで身を起こす。

125 マルベリー

「正気で言ってるのか?」

 確かめるように呟いて、シャベルを握り直す。その一連の間の取り方の意味を理解できない。

126 コーラル

「こわーいお婆さんが魔女の秘薬を作るために、子供を壷に入れてぐつぐつ煮込んじゃうとでも言うの? そういうのだったら、あまり怖くない。一晩泊めてもらって、明るくなったら帰るもの。迷惑はかけないわ」

127 マルベリー

「そういう魔女ならまだ救いようがあったかもな」

128 バーミリオン

「マルベリー、そこらへんにしておいてあげて! 大丈夫でしょー一晩くらいなら」

129 マルベリー

「本人も同意の上でか? 大丈夫という、その根拠はあるのか?」

130 バーミリオン

「うーん、なんとなく?」

 険悪な空気に耐え切れなくなったのだろう、バーミリオンがおろおろしながら口を挟む。

 口出しも必死なバーミリオンを心底見下した様子で、男マルベリーは溜め息をついた。

131 マルベリー

「ここがどういう場所か知らない奴は暢気だな」

132 バーミリオン

「知らないわけじゃないよ、オイラは特に不便してないから説明しないだけ」

133 マルベリー

「より性質が悪い。すぐに帰せ」

134 バーミリオン

「ええー折角できた友達、帰しちゃうの?」

135 マルベリー

「お前の感覚と、その娘の感覚は相容れない」

136 バーミリオン

「そうかなー。秋の夜の突然の訪問者、退屈に心を売り渡した魔女にはうってつけのお土産だと思うんだけど。駄目だよマルベリー、魔女の使いには従わなきゃ」

137 マルベリー

「……勝手にしろ。その代わり、そこに俺を巻き込むなよ」

 おどけた調子で続けるバーミリオンを前に、マルベリーは肩を落とした。これは故意にやっている。そう解釈しての諦観だったが、コーラルはそんな事知るよしもない。

 陰険な視線をこれ以上感じずに済むと思うと、いくらか気が軽くなった。

138 コーラル

「話はもういいの?」

139 バーミリオン

「うん、そこのこわーいお兄さんに睨まれるかもしれないけど、気にしないで。ようこそコーラル、暗闇の先はまた暗闇だけど」

 バーミリオンに促され、差し出された手を掴み返す。コーラルは少しばかりほっとして、口を開いた。

140 コーラル

「ええと、私は森の奥……魔女のところに行ってもいいんだよね?」

141 バーミリオン

「安心して、マルベリーが言う程悪い魔女じゃないよ。オイラがちゃんと説明するから。魔女は寂しがり屋で友達が欲しいだけさ」

142 コーラル

「それならいいんだけど……あっちの人は?」

 マルベリーを指差し尋ねてみると、バーミリオンは困惑の表情を傾ける。

143 バーミリオン

「森の番人マルベリー・ウィスプ。墓堀り屋でシャベル持ってんの。んで、普段は墓引っくり返して死体調べたりしてるの」

144 コーラル

「ううわあ、趣味悪い」

145 バーミリオン

「とりあえず火を焚こう、何も見えないでしょ。さっきマルベリーが叩き割った幹があるから、それを使おう」

 げんなりした顔で頷く。道理でとも言いたくなる。バーミリオンが懐から取り出したマッチで炎を起こし、先程マルベリーが叩き割った幹に火を移す。

 暗い色の上着を頭から羽織った男の姿が向こう側に見え、不貞腐れた様子で佇んでいるのをコーラルは辟易しながら眺めていた。

146 マルベリー

「後から悔いたって遅いからな」

147 コーラル

「何のこと? というか、何でそんな死体堀りなんてしてるの。葬儀屋さんでもないんでしょ?」

148 マルベリー

「答える必要を感じない」

 背から返ってきた言葉に友好的な部分はない。それ以上口にするのも無駄に思えて、コーラルは押し黙った。

149 クロラ

「D4、兵隊ポーン停滞。紛れ込んでいたのはカラスか。E5、兵隊ポーンD4を取れ」

 涼しげな女の声が割って入り、ほぼ同時にバーミリオンが奇妙な動きを始める。

150 バーミリオン

「あららら勝手に体が動くぞう?」

151 コーラル

「バーミリオン? どうしたの?」

152 バーミリオン

「見えない何かに引っ張られてるー」

 前方に引き摺られるように横滑りしているバーミリオンに驚いて左右を探す。声の聞こえてくる方向に姿は見えず、再び声が響いた。

153 クロラ

「私はその娘を歓迎した覚えはない。私に自由になるのは黒の領域。B8、騎士ナイト――」

154 バーミリオン

「あわわわこれはクロラの仕業かな。説明するまでもなく見張られてたかっ」

155 マルベリー

「これは……魔女か! くそ!」

 声を遮り、マルベリーが振り返る。上着の内側を探っていた手がこちらに伸び、コーラルは驚きながら慌てて伏せた。棘や針に似た金属片が襲ってくる。コーラルが伏せた事で頭上を通過していったそれらは、森の茂みに向かって突っ込んだ。

 衣擦れと共に風を切る音がコーラルにも聞き取れた。

156 クロラ

「行儀が悪いなマルベリー。私に刃物を向けるとは」

157 マルベリー

「貴様はその程度では傷一つ負わない。何をしに来た、俺は職務放棄などしていないぞ!」

158 クロラ

「監視者たるシロエを恐れるのか、意外と腑抜けだな。出来の悪い傀儡かいらいは嫌いだ」

 蔑み、クロラは抱えた遊戯盤の上の駒を倒す。馬を形取った駒が伏せられたと同時にマルベリーが膝をついた。コーラルには何が起こっているのかさっぱり分からない。

159 コーラル

「ど、どうなってるの? 敵? 貴方は誰」

160 クロラ

「私は宵闇の魔女、クロラ・ゲインズボロ。ようこそ迷い子、我々はお前を歓迎できない。すぐさま元の世界に帰れ。今ならまだ間に合う」

161 コーラル

「帰れって、森に迷って帰れないないから、こうして森の魔女を頼ってきてるんじゃない。一晩泊めて欲しいだけよ、夜が明ければ帰る」

 容赦ない言葉の羅列に息を呑み、強張る体を押して言い返す。クロラは曖昧な表情を浮かべ、市松模様の刻まれた遊戯盤を折り畳んだ。

162 クロラ

「帰れない? バーミリオン、責務を果たさなかったのは貴様か」

163 バーミリオン

「森の入り口に迷子がいたから、やさしーいオイラは助けてあげようと思って、道案内をしていただけですよ?」

164 クロラ

「ロリコン、幼女誘拐、変質者」

165 バーミリオン

「仕事です! この役目を押し付けたのは君達魔女です!」

166 コーラル

「開口一番帰れって、森は真っ暗だし、夜の森には獣が出るのよ!?」

167 クロラ

「それでもだ。今の内に戻らなければお前は多分後悔する事になる」

168 コーラル

「なんなの、一体」

169 バーミリオン

「でーもー、そろそろ時間が危ないと思うんだけどなー。夜道に小さな女の子一人、危ないと思うんだけどなー」

170 クロラ

「何のためにお前がいるんだ。そんな役に立たぬ精霊、瓶に詰めてしまえ」

 ジャムを入れるには大きすぎる程の蓋付きの瓶を手に、クロラが脅しに掛かる。蓋が独りでに開き、斜めに傾いた瓶がバーミリオンを捉える。

171 バーミリオン

「待ってクロラ! カボチャにも人権はあるんだぞ、いきなり瓶に押し込めようとしないで!」

172 クロラ

「お前がいても煩いだけだ、邪魔なら少ない方が良い。貴様が境界に近付く対象を追い払わなかったツケが、こうして回ってきてるんじゃないか」

173 バーミリオン

「分かりました責任取ります、取りますからその瓶こっちに向けないで!」

 横に引っ張られて間抜けさを上げた顔を押さえながら、バーミリオンが叫ぶ。

174 クロラ

「――とは言ったものの……もう遅いようだな。なんてことだ」

175 マルベリー

「日は沈んだ、もう遅い。どう責任を取るつもりだと?」

 今度はクロラではなく、マルベリーが問うた。バーミリオンが手にしている松明だけが頼りの空間に、見知らぬ男女が一人ずつ。コーラルは自分にとっての味方が存在しない事を実感していた。

176 コーラル

「あ、あのー。日が沈んだらまずいの? よく分からないんだけど」

 決してマルベリー一人に対して訊いたつもりはなかったが、それに頷いたのはクロラだった。

177 クロラ

「バーミリオン……貴様が」

178 バーミリオン

「にっ、睨むなよう。順番が前後しちゃっただけじゃないかよう」

179 クロラ

「悠長な娘だ。何も知らないなら教えてやる。ここは10月31日の夜のまま、数百年を過ごしている。いや、もう千年を越えているのか?」

180 コーラル

「ええ? それってつまり」

181 クロラ

「11月1日の朝は来ない。朝が来ない限り、お前がここから出る事は適わない」

182 コーラル

「ちょ……ちょっと待って、朝が来ないって」

183 マルベリー

「本来なら日が沈む前に境界の外に押し退けて入れないようにする。そこのカボチャのような、両方を行き来できる妖精が、だ」

184 コーラル

「え、えと、だから二人とも怒ってるの?」

185 バーミリオン

「クロラもマルベリーも気が短いんだからー」

186 クロラ

「誰の所為だと思っている、ボンクラ頭」

 クロラは軽い調子で宥めるバーミリオンを即座に叱り付ける。当事者であるはずの自分が一番冷静になっているように感じられるのが滑稽だ。クロラはコーラルの言葉を肯定し、続けた。

187 コーラル

「明日にならなければ帰れない――って事とは違うみたいね」

188 クロラ

「周りの木を見ただろう? 時間の歪みに押されてるから、あんな歪んだ形になる。夜という枠に捉えられたまま外に出られないんだ」

189 コーラル

「木って、ぐねぐね曲がってるだけの気持ち悪い木じゃない。何を言いたいのかよく分からないけど、大人が揃って子供を騙そうなんてどうかしてるわ」

190 クロラ

「そう思いたいならそう思えばいい。私は嘘はついていない。人もそうだ。見た目は良くても中身が歪んでいる可能性がある。こうなってしまった以上、仕方がないな」

 クロラはおもむろに溜め息をついた。それでコーラルが素直に警告を聞くと思えば、そうはならないのが現実だ。

191 コーラル

「よくわかんないけど、そこの陰険男が襲い掛かってきたのも、本当は私のためだったってこと?」

 腕を組みつつマルベリーを睨みつける。マルベリーは不服と言わんばかりに顔を歪めた。

192 マルベリー

「陰険……?」

193 クロラ

「否定はできなかろう。だけどお前、穏便に済ませようとしなかったようだな」

 口の中で呟いた言葉に対し、クロラが更に上乗せする。

194 マルベリー

「手っ取り早く片付けるなら、力尽くで追い出すのが一番早い。やり方は任せるとシロエが言っていた。文句を言われる筋合いはない」

195 クロラ

「シロエが言ったのか? それならまあ、仕方ないか――そうだな、仕方ないな。腹を括ってもらうしかない」

 やや驚いた風に答え、腰に手を当てて頭を掻く様は溜め息をつくのにも似ている。

 人影の向こう側を眺めていたコーラルは彼らの言葉を上手く飲み込めず、未だ疑ったままでいた。

196 コーラル

「今気が付いたんだけど、星空は動いてるのね。やっぱりそんな冗談言って、私を怖がらせようって魂胆? 怖がらせて怯えてるところを食べるっていうのもありかな、魔女だもんね」

197 クロラ

「他人を信じられなくなるとは不便なものだな」

198 コーラル

「馬鹿にした風に言わないで。そっちの言ってることの方が、ずっと嘘っぱちに聞こえるじゃない。何でって聞いてもはっきりした声がないもの」

199 クロラ

「試してみるか、小娘」

 コーラルよりも頭一つは身長の高いクロラが冷淡に呟き、踵を返す。唐突に引くとは思っていなかったので、呆気に取られながらその様子を見ていた。

200 コーラル

「え――」

201 クロラ

「どうした、魔女の小屋に用があるんじゃなかったのか」

 挑発的なクロラの言葉に目の前が暗くなるのを感じる。コーラルは握った拳に力を篭めた。

202 コーラル

「ええ用はありますとも。一晩泊めさせてもらうだけだからね。朝になったら村に帰るんだから、半日の辛抱よ」

203 クロラ

「あまり頼む態度には見えないな、辛抱はこちらの台詞な気もするが――まあいい全て自業自得なんだ。帰るぞバーミリオン、お前は少し反省するべきだ」

204 バーミリオン

「はあい、もうしませーん」

205 クロラ

「マルベリー、お前も来い」

206 マルベリー

「掘り返した土をそのままにしている。片付けてくる」

207 クロラ

「必要ない。もう門は閉じている。いくらか運良く逃れられた妖精がいたとしても、今頃外で野たれ死んでるだろう。あちらから来たものなら私が気付かないはずがない」

208 マルベリー

「その娘はどうするつもりだ?」

209 クロラ

「こうなったら諦めてもらうしかないだろう」

 不満そうに唸るマルベリーの服を掴んで引き摺るように歩き出す。引っ張られる事に嫌気が差したのか、やがてマルベリーはその手を振り払って己の足で歩き出した。

210 マルベリー

「日頃退屈をしている白い魔女は喜ぶだろうな」

211 クロラ

「わざわざ言うな、目に浮かぶ」

212 マルベリー

「魔女が子供相手にむきになるとは。随分怒ってるようだが放っておいて良いのか」

213 クロラ

「引っ込みがつかなくなっているだけだろう、そのうち諦める。どうせ誰も外には出られない。彼女もこちらの住人になった。それだけだ」

 清々しささえ感じられる歯切れの良さで答えて、クロラはじたばたともがくバーミリオンを引き摺る。

214 マルベリー

「それだけ――本当にそれだけか?」

 曖昧に返答したマルベリーは同情ではない、複雑な色を帯びた視線をコーラルに向けながら嘆息した。