Novel

COMPLEMENT
26 On the Muzzle

「座れ、立ち上がって良いなんて言った覚えはない」
 銃口を男に向けて短く忠告する。両手を上げただけで悪びれた様子もなく、ただ苦い笑みを浮かべるだけだ。良からぬ事を考えている時に、自然と洩れる笑みにも似ていて薄気味悪かった。
 男はヘイズの忠告に従わないまま、耳元に手を伸ばす。
「連中は三人だけだ、状況はこちらとそれ程変わらない」
 一瞬誰に向けて喋ったのか理解できなかったが、男が目出し帽の下に通信機を持っていた事を思い出して、本部の指示を仰いでいるのだろうと知れた。ダイダロスの傭兵にしても同様に被害を被っているわけだから、決して敵対してなどいないはずだ。
 事は穏便に済むだろうと願いながら、男が通信を終えるのを大人しく待った。
「可能性がある場所が分かっただけでも儲けたね。活路が見えてきたかな」
 エルフレダが苦笑する。ふとそれまでのやり取りが脳裏に蘇り、男から注意を逸らさないよう視点を固定したまま問いかける。
「お前らは原因が分かれば、とりあえずそれで十分だったんじゃなかったか?」
「中途半端に首突っ込んじまったからな、とことん付き合ってやるって言ったろうが。大体俺らが帰ったら困るのお前だろ」
 通信の入った半日前に言っていた事と逆転しているような気もしたが、それはそれで有難い心遣いだったので、素直に聞いておく事にした。また新たに北へ向かう人間を探し始めるより、事情を知っている相手の方がやりやすいのも事実だ。
「エアドレイドを良く知らないヘイズのために教えておくけど、アベラルド第一公子は右翼――王党派で政治にも少し噛んでるって話。第二公子は民主主義派だから意見の上ではよく対立してるって話だよ。今は王政だけどそのうち議会制になったりして」
「その年で政治に首突っ込んでるのか。世も末だな」
 自分と同年代が年輩に混じっている事を考えると、どうも別次元の話に聞こえてならない。若い人材が政治に興味を持ってその身で介入しなければならない程、情勢が混沌しているとも取れる。
 エルフレダの親切な解説は続いた。
「あとパラダイムって議員は影が薄くてぴんと来なかったけど、防衛省にそんな感じの名前があった気がするなあ。右翼だったかな、タカ派の議員でさ。でも中年のおじさんて感じだと思ったんだけど……」
「お前妙な事ばかり知ってるようだが、どこからそんな情報を……」
 元々戦争孤児で教育機関と縁のないヘイズからしてみれば、知らない事の方が多い。リーダーを筆頭に、仲間は最低限の知識しか与えてくれなかった事を今更ながらにして思う。余計な知識を叩き込んで命令に背く事を恐れたのかもしれない。
 半ば呆れながら呟くと、エルフレダは耳元で苦笑した。
「スヴェル君が頼りないから、必然的に知らざるを得ない状況になっただけデス」
 男が通信を終えて、口を挟むタイミングを図っている。それに気付いて、彼が話し始めるのを大人しく待ってみると、男は様子を伺いながら口を開いた。
「女の言ってる事はそこまで間違ってないみたいだぞ。本部で今さっき確認が取れた。ベルナルド・パラダイムはそいつの言ってる通りの人物だそうだ。三週間前に更迭されたばかりなはずだが、その後姿を見た人間はいない。俺の情報不足が原因か、クソ」
「三週間前って、現地入りする前じゃねえか」
 何ともタイミングの悪い話だ。嫌な予感に駆られる。
 依頼をするまでは本人だったのかもしれない。実際に会ったのは彼ではなかった。素性が割れるくらいなのだから、彼の顔を知る人間がいなかったわけではないだろう。
「何の因縁か、こっちも基地で目撃情報があると聞く。パラダイムを保護しろ、エアドレイドの情報局からの依頼だ」
「何故それを俺に言う?」
「二人いれば出来る事が増える。本部はお前達に協力して貰いたい、とのことだ」
「冗談だろ、そっちも随分切羽詰まってるんだな。機密は大丈夫なのか?」
「国境が騒がしい所為で、まともな機材を搬入するのにも時間が掛かるからな。即戦できる力を持っていて、かつ事情の通じる人間がいるのは心強い」
 黙って聞いていれば、どうにも都合良く胡散臭い話ではあるが、仲間の安否が掛かっている以上乗らないわけにはいかない。男はヘイズの返答を待たずにサブマシンガンの銃身を掴んで自分から狙いを外し、背負っていた装備を漁った。
「俺を待ち伏せしていた理由は?」
 どこまで正直な答えが返ってくるか試してみたくて、質問を選ぶ。男は淡々と事実を吐き出すだけだった。
「同じくして消えたサンドラインの連中か、組織の関係者が出入りするかもしれない。何か情報を掴めるかもしれないと思っていたからだ。お前が戻ってきた理由だって似たようなものだろう」
「期待外れだったろうな」
「そうでもないさ、雇用主の正体に確信が持てただけでも十分だ。お前はこれから俺と組んで、噂の基地に潜り込む。内部を把握したい。通信機を貸す、周波数は合わせてある」
 了承を得るより早く命令のような指示を下して、てきぱきと支度を整えていく。ヘイズが構えていたはずの武器も最早効力を失ってしまったらしく――それともヘイズに撃つ気がなかった事が相手には分かりきっていた事だったのか――、男は全く気に留める様子すら見せない。
 勝手な言い分を押し付けながら片手を上げた。
「そういえば連絡時、本名を呼ぶわけにもいかないな」
「”山猫”」
 それどころか互いに名前を知らない。ヘイズはたった一言、男に返した。普段使っているものを告げると、それだけ大体を理解したらしく、男は頷く。
「OK、それを使おう。俺は”イプシロン”。そっちの金髪も手を貸して貰おうか」
 スヴェルを指差し、イプシロンは容赦なくトランシーバーを放る。明らかに戦闘慣れしているとは思えない平々凡々な体格の男を指して、戦闘に巻き込もうなどと言うのはあまりに無謀だ。止めさせようと思って口を開いたが、ヘイズが何か喋るより先にスヴェルが自ずと答えた。
「場数踏んでねえから足引っ張るぞ」
「外で見張りつつ中継してくれれば良い。もし頼りになりそうなら頼る」
 断る手段がない辺り、男の思う壺だ。この状態は好ましくない。特にこちらが武器を奪っている今の状態で、男が何の緊張感も持っていないのは不味い。脅迫に応じないだろう事は、自分と同じような性質の人間だからこそ理解していた。
 引き金に指をかけながら、慎重に隙を探す。
「基地の状況はどの程度分かってるんだ?」
「基地のある国境は今レブナンスとエアドレイドの睨み合いが続いてる。どうやらレブナンス側が公子を誘拐したって事にされているらしい。問題は、こちらが確認した基地はレブナンス側にあるという事だ」
「どういう事だそりゃあ」
「言葉通りだ。諜報活動はした事あるか? 戦場でドンパチするだけが仕事じゃないだろう?」
 厄介な状況に混乱を上乗せするような一言だ。問われた意味を理解するより不安が先走る。
「銃火器振り回すだけじゃない。こちらは大体の目処がついているが、お前はそうじゃない。それが飲み込めたら銃を下ろしてくれ」
「撃ったら貴重な情報源を失うとでも?」
 子供一人分はあろう装備を背負ったまま、男がこちらを向く。ほぼ同時に睥睨し、ヘイズは肩に入っていた力を抜いた。男の言う事は尤もだ。スヴェルら商団の情報網を利用しても、未だ肝心の中枢へは辿り着けていない。
 それならば、そういったものを専門に扱っている連中と手を組んだ方が早い。スヴェルもそれに関して文句を言ってこない。仕方なしに、ゆっくりと銃を下ろす。
 銃を持ったら撃たれる事も覚悟しなければならない。それを思うと、男が何も反撃して来ない事が幸いだった。
「第三公子の件はどこまで知った?」
 ウラジーミルがぼやく程度の曖昧な情報しかないもう片方を訪ねる。イプシロンは武器を取り返そうと手を伸ばしてきた。騙されて不意打ちで撃たれるなんていう展開にはならないだろうと判断して、返す。
「よく似た別人だと聞いた。まだ解放されていないらしいし、影武者か恐らく――」
「誰が何の得があってそんな事するかな。エアドレイド側からしたら、影武者が攫われたところであまり得にはならないよね」
 エルフレダが帽子を被り直しながら口を挟む。相変わらず目立つ髪の色だったが、イプシロンは特に気にしていないようだった。少し間があった事を考えると、驚きを口にしなかっただけかもしれない。
「とにかく本当のベルナルド・パラダイムを保護しないと、どうにもならないな」
「そうだお前ら移動手段はあるか」
 唐突に声色を明るくしてきたイプシロンに、嫌な予感しかしない。
 ろくな事を言い出しかねない気がして、エルフレダをイプシロンから引き剥がそうと間に腕を割り入れた。
「一応足はあるけど」
「場所を指示するから、俺も乗せてくれ」
 やっぱりなと口の中で呟き、有無を言わさぬ即答に呆れた。決定権はヘイズにはない。
 
 国境までは、国境沿いの街とは言え事務所からでも一時間はかかる。荷台にイプシロンを放り込んでヘイズと対峙させる形で、スヴェルは事なきを得た。少なくとも自分が男と会話しなくて済むという程度のものであったが、話が通じなくなったらヘイズを頼れば良いという認識があったのは否めない。
 睨み合いが続く事三十分程、いい加減疲れてきたのでエルフレダを捕まえて適当に会話を起こさせる。肝心のヘイズはと言えば、荷台で荷物を漁っているらしく、ごそごそと耳障りな音を立てていた。
「基地周辺住人からの情報だ。見るからに北方人種らしい人間を数人連れた、南方人の出入りがあったそうだ。しかも入ったきり出て来たところを見ていないと聞いた。ダイダロスは捕虜にされたんじゃないかと見ている。パラダイムもだ」
「相手の目的なんてものはこっちで勝手に頭悩ませてたって仕方ない、ひっ捕らえて吐かせるしかないって事か」
 パラダイムを陥れたい何者かの手が入っているのかもしれない。用心するに越したことはない。積み上げたダンボールに書かれた番号を確認しながら、エルフレダの了承を得てガムテープを剥がす。
 蓋を開けると緩やかな曲線を描く黒い塊が顔を覗かせた。それはヘイズを満足させるに足る代物だ。
「装備なら売り物が幾つかあるんだけど、使えるかな。端っこの黒箱。試験品のグレネードが入ってるんだけど、使えそうだったら使って。ハンドガンよりはAKの方が良いでしょ」
「そうだな。他はなるべく現地調達だな、余計な痕跡を残したくない」
「おいエルフレダ、何勝手な真似してんだ」
 荷台の隅に置かれた薄汚れたダンボールを差して告げるエルフレダに、前方のスヴェルから注意が飛ぶ。
閃光音響手榴弾スタングレネードとかなら良いでしょ、殺傷力はないんだから。すぐに入り用なわけでもなし。どうせなら実戦で試してもらうのも手でしょー、これからどっかの部隊探して実戦投入してもらうのだって手間なんだよ?」
「ああそうだスヴェル、お前その上着脱げ。幾らなんでも赤は目立つ」
 蓋を填めて使用できる状態にしながら、指示する。エルフレダが言っていた場所にあった音響手榴弾は一般的な物より筒がやや細く、手に馴染む。弾納に十分に納まるサイズだったため、近接戦闘になった場合でもあまり邪魔にならなさそうだった。鈍い緑のパーカーの上から装備を背負い込む。
 スヴェルはいかにも不愉快といった声色で反論してきた。
「俺は突入しないって言ってんだろうが! 相手はプロだぞ、俺が突っ込んだら良いように捕虜にされるか殺されるわ馬鹿野郎!」
「だから近くの建物の影に隠れてろ、目立っちゃ意味ねえだろ」
「くそ、こういう方向に持ち込んだダイダロスに損害賠償請求するぞ」
 苦し紛れの苦言にイプシロンは掛け合ってみると言って笑った。極々普通の商人であるならそもそも巻き込みはしなかっただろう。イプシロンの前で会社の名前を出したスヴェルが、自ら一般人でないと答えてしまったようなものだ。
 そんな短慮さに同情できたものではないが、イプシロンのやり方はヘイズも気に入らない。駆け引きはなかったが些か強引だ。頭はあまり良い方ではないだろうと勝手に決め付けて、弾倉を確認する。
 装弾数は三十、北では汎用性の高いアサルトライフルで、多少乱暴に扱っても確実に動作する。その割に軽量なのが良心的だ。意外なものを発掘した気になって、エルフレダの方を振り返って見ると、彼女は得意げな笑みを浮かべていた。
「今回ので気に入ってくれたなら、是非次回も検討して欲しいね」
「考えておく」
 そしてそれを決めるのもヘイズではない。無言のイプシロンの視線が気になって振り返る。時々無線越しに何か話しているようで、独り言のような言葉を繰り返し呟いていた。
 彼が本部へ密かに報告できるような秘密はこちらにはなかったし、ただの現状報告に過ぎないだろう。目出し帽の下の顔は分からないが、それなりに戦場慣れした余裕を感じさせる。彼と比べても、雰囲気から感じる年齢のためか自分が未だ経験不足だという事を実感させられる。
「スヴェル、ライフルは扱えるか」
「俺がか!?」
 巻き込む事を前提に質問しているのを悟ってか、スヴェルが大袈裟に驚いた。この状態で再び車体を振られるのは抵抗があったので、言葉に気をつけようと捻り出す単語に悩む。
 脇で弾薬箱を開けていたエルフレダが途端に肩を叩いた。
「大丈夫大丈夫、狙撃ならスヴェルに任せなよ。露骨に嫌がって逃げようとしてるんだから、この期に及んで」
「エルフレダ! ヘイズも勝手に押し付けようとしてんじゃねえぞ!?」
「麻薬もあると言っていたな、ケタミンは? プロポフォールでもいい」
 怒号を無視して箱を漁りながら確認を取る。
「スヴェルに麻酔銃撃たせるつもり? あれって対人用はなかったような気がするけど」
「持ち合わせで何とかする。クロロホルムなんか使って、永遠に戻ってこなくなられるよりはずっと良いだろ」
「……まあそうだね。薬品関係は名前が覚えにくくて……リスト見てみないとちょっと分からないなあ、探してみる」
 乱暴な運転に車体を振られながら、エルフレダは壁を伝いに立ち上がって箱を探し始める。先程ヘイズがガムテープを引き剥がした箱だった。中には複数の瓶が厳重な梱包つきで詰め込まれている。
「頭のコブの恨みか畜生め」
 前方でスヴェルが毒づいた。的を得ていたが、それには何も反応しない事にしておく。
 荷物に手を突っ込む。手持ちの中にも幾らか使えそうな物はあったはずだ。硬い物に指がぶつかりそれを手に取ると、傍らで様子を眺めていたイプシロンと目が合った。
「なるほど武器商人か、政府と繋がってりゃ暗部の暴露も同じ。道理で摘発されないわけだな。全くお前達は相手を選ばない」
「お宅が思ってるより小規模の物しか置いてないよ、今回は別の目的で来てるからね」
「クソガキにゃ売らねえよ。そういう連中から買い取ってるお前らだって、人の事言えねえだろ」
 イプシロンの皮肉とも嘲笑とも取れない当てこすりにすぐに応じたのはエルフレダだ。それに続くようにスヴェルが吐き捨てる。死に繋がる物品を商品として取り扱っている時点で、間接的に他人を殺しているにも等しい。言われるまでもなく、彼らは気が付いている。
 場の空気が濁ったところでヘイズは溜め息をついた。これから協力しなければならない相手と、このタイミングで嫌厭な関係になるのは避けておきたい。
「商団だって売った相手に殺されるかもしれねえんだぞ、気軽にできるようなもんじゃねえだろ。傭兵だって丸腰じゃ厳しい。お前ら互いに協力関係になきゃ成立しないだろ、喧嘩すんな」
 そこに自分が含まれる事も、当然理解している。
 険悪な雰囲気を保ったまま互いに黙り込んだ。箱の中から探し当てた茶色い瓶のラベルを確認しながら、エルフレダがそれを差し出してくる。ご丁寧に化学式まで書かれていた。
「エルフレダ、お前俺達が降りたら船を移動させてくれ。二時間待っても戻って来なかったら、ウラジーミルの店に向かえ。色目使えば保護くらいはしてくれるだろ、あのじじい」
 第二公子の保障があると言っていた彼の店なら、多少身を隠す事もできるだろう。
 そういった意味で告げて、スヴェルは船を停止させた。