Novel

COMPLEMENT
25 Stream of Consciousness

 肺を圧迫しすぎたのか、男は苦し紛れに咳き込んだ。肘の関節を取っていたため、男は骨折もしくは人体損傷を覚悟しない限り、身動きできないはずだ。話をするには苦痛を伴う体勢だ。敵であるならまだしも、同じ被害者という立場にいる事だけは判明している。武器は奪っていたので大丈夫だろうと判断した。
 引き金はいつでも引けるよう指をかけたまま、少し体重を移動させる。膝を退け、サブマシンガンを男に向けて構えたままゆっくりと後ろへ下がる。
「起き上がっていいぞ、そこへ座れ。骨は折らないでやったんだ、変な気を起こすなよ。腕をなくしたくなければ大人しくしておけ」
「分かった、分かった何もしない」
 男は両手を上げながら渋々起き上がった。覆面――目出し帽はそのまま、安堵の溜め息をつく。
「ダイダロス・コーポレーションの名前は聞いた事あるか?」
 その場にいる全員を順番に確認しながら、男が呻く。暗い給湯室の照明をつけ、エルフレダがスヴェルの方を向いた。視線を一手に集めたスヴェルは銃を手にしたまま腕を組む。
「昔、親父が世話になったとこかな……俺ぁガムザ商業団協同組合連合会の者だ。そっちの本拠地はブライガか? 元将官クラスがごろごろいる民間軍事企業だろ?」
「そうだ。パラダイムに雇われてサンドライン・オーダーより早く入った」
 極めて冷静に頷く。男は帽子越しに頬を掻きながら困り顔を浮かべた。
「それより銃を下ろしてくれ、抵抗はしない。落ち着いて話がしたい」
「俺はまだ信用したわけじゃない」
「まだ銃を隠してるだろ。俺はこの通り、お前に奪われて丸腰だ。第一ここで反撃したところで何のメリットもない」
 正論ではある。共通の目的を持って集められた傭兵という立場を考えれば、ヘイズにもこの男にも争う利点は存在しない。ただ、仲間の行方を案じている以上、ヘイズはこの男を疑わずにいられなかった。それは相手にも共通していると思われる。
 渋々銃を下ろし、しかし放り捨てる事なく手元に保持したままその場に佇む。男は満足した様子で話を続けた。
「退役軍人が始めたってとこじゃサンドラインもダイダロスも信用はそう変わらないだろうよ。うちはブライガ、お宅はテナウ=ハサハ、違いはそれだけだ。パラダイムは紛争の鎮圧に俺たちを雇った理由を、軍事介入を避けるためだと言っていた」
「軍事介入を避けたい理由があるって事か」
 ヘイズが聞き及んでいた情報とほぼ一致する。そうなれば、目の前にいる男は同じようにして巻き込まれた傭兵の一人でしかないだろう。
「政府が公式に依頼して来た。軍備は何かと国家予算食い潰すからな。即応性から見てもコストダウンにもなるってのは資本主義の利点だな。何せ命のやり取りを金でやってんだ。俺達は正規軍相手の戦略・戦術のアドバイザーとして雇われた。お宅も大体同じじゃないか?」
「国がか? 貴族の私兵じゃなくて?」
「私兵? いや、俺達は国家間紛争だと聞いていたぞ。相手はレブナンスだ。介入するのは第三国の人間の方が良いってこった」
 言葉に引っ掛かって聞き直すと、男は意外そうに目を丸くした。どうやらこちらに対しては、少し伏せて説明されていたようだ。
 エルフレダがうずうずと口を挟みたそうにしているのが目についた。近付けるには幾分か不安が残っていたため、いつ行動に出るか見張らなければならない。
「これじゃどっちが本当か分からないな。俺はあまりに知らなさすぎる。貴族の私兵として雇われて、つまらない内戦を鎮圧しろと言われてた」
「随分そっちには正直に来たもんだ」
 スヴェルの溜め息も尤もだ。その所為で引っ掻き回されている現状を考えると、あまり好ましい事ではない。
「俺がリーダーに騙されてた可能性も否定できないが、確認するには丁度良いかもしれない」
 手持ちの情報が少ない事を考えると、良い機会だ。ヘイズは男に敵意がないと知って、エルフレダを呼び寄せながらその場に屈んだ。
「エルフレダ、何か書く物――」
「あるよー」
 言い終えるより早く紙を探り出す。あまりの用意の良さに驚きながらそれを受け取った。リングで束ねられた小さいメモ帳の紙の色が黒い事を疑問に思いながら、自分が受け取ったペンが書くためのものでない事に気が付く。
「黒い紙に修正液ってお前な」
「紙が白いと反射して見づらいんだよ」
 そういえば少し違ったところのある女だったと、聞いたばかりの話なのにすっかり失念していた。呆れた調子で壁に寄りかかるスヴェルは黙って話を聞いているだけらしく、何も言って来ない。
依頼人クライアントについて知ってる事はないか?」
 メモの空白を探し当て、男が口を開くのを待つ。男は困ったような顔を浮かべて一拍置いた後、肩を竦めた。暫く待てという合図と共に、何か独り言めいた言葉を呟き始める。
 目出し帽の下に通信機を隠しているらしく、もしそれに気が付いていたのなら、目よりもそっちを狙って破壊すれば良かったと思った。本部と連絡が取れるという事は、この男は個人で動いているわけではないようだ。ヘイズとはそういった面が違う。
「本当なら考えられない話だが、許可が下りた。分かった、話せるところは話そう」
 苦笑気味に通信を切って、男は一呼吸置いた。
「ベルナルド・パラダイムと名乗る長官の依頼だ。特に怪しいところはなかった、少なくともうちが信用を持って契約を結ぶ程度にはな」
「実在するのか?」
「実在はするんだろうさ、実績はちゃんとあるらしい。後から北の傭兵も入ってくるって聞いてたな。それで後から来るのがサンドラインと聞いた時は安心できるとは思ったさ」
「前回は敵同士だったけどな」
 雇用主が変われば敵味方も変わる。固有名詞が出ればメモを取ろうと思ってエルフレダから借りた紙には、未だ一文字も書き込まれていない。
「うちの傭兵が減っていった事に関して、何か気が付かなかったか」
 あまり返答を期待せずに試しに尋ねてみると、男は少し間を置いた。顎に手を当て、何かを思い出そうとしているようだった。
「いいや、特に。そちらなりに事情があるのだと思っていたが。お前達の都合には口を出すなと言われていたから、びびって逃げ出したんじゃないかと思ってたぞ」
「まさか。徴兵じゃあるまいし、そんな腑抜けはいない。第一作戦開始よりも先に消えたんだ、おかしいと思うしかないだろ」
 無理矢理徴兵されている民間人ならいざ知らず、金のために命をかけている連中しかいない場所だ。その上、最後にいなくなったリーダーはそういったところはやたら真面目な気質の男だった。仲間を馬鹿にされた事を内心快く思えずにいた。
「お前達が消えて、その夜だったな。俺達は何者かの襲撃に遭った。仲間とはぐれてそれきりだ」
「敵の正体は?」
「それが分かっていれば今頃本部に突っ込んでるさ」
 そういった意味で、情報を握っていそうな自分達を待ち構えていたのかと思うと、どうにもやり切れない。公子誘拐の件も併せると、自分達以外に第三者の介入の可能性も考えられる。
「とにかくうちの連中と俺とで調べて分かった事と言えば、パラダイムが幽霊議員だったって事だけだ。ベルナルド・パラダイムという人間は存在していなかった。偽名だろうな、そう名乗る別の人間がいるって事だ」
 男は頭を掻きながらそう言って、溜め息をついた。ヘイズが知っている依頼人の正体とは違った角度からの情報だ。今更ながらリーダーに詳細を確認していなかった事を後悔する。聞けば彼は教えてはくれたのだろう、自分が幼い頃からの癖でほとんどを任せたきり、情報確認を怠っていた所為だ。
 結局何も記さなかったメモをエルフレダに返す。サブマシンガンは抱えたまま、ヘイズは肩を竦めた。
「サンドラインの動きは、そっちが見た通りだ。俺はその通りにしか知らないし、勝手な行動をするような奴らはいなかった。パラダイムの正体については、何か知ってる事はあるか」
「マクガフィンと名乗る組織のトップだって事しか知らないな。それを調べるまでにこれだけ時間が掛かったわけだが」
 どこかで耳にした覚えのある名称を答え、男がこちらを向いた。スヴェルの様子を伺ってみると、視線に気付いたらしく顔を上げる。無言で頷いたところを見ると、こちらが意図している事を理解したらしい。
「俺は奴の正体を知っている――と思う。アベラルド・トレンツ・エアドレイド、エアドレイドの第一公子だ」
「馬鹿な」
 男は愕然としていた。しかしまるきり信じていない顔ではない。
 エルフレダが苦笑気味に口を挟む。
「外の人間が顔まで知らないのも無理ないかなあ、公式行事には公子はあまり参加してないもんね」
「俺が見たパラダイムの特徴と一致する。そういった場所で見せる外面は良いらしいな。それにあの髪だ、少し格好を変えれば印象は変わる」
「つまり、俺は奴の顔をよく見てなかったって事だな。偽名と承知の上で依頼を受けたってんなら、合点が行く。暗黙の了解で皆黙ってただけか。何故気が付かなかったんだ」
 顔を知っている人間が見れば容易に正体を知れる程なのだから、そこまで考えが至らない方がどうかしていたのだ。男が黙ると同時にヘイズも口を噤んだ。
「お前らだけが知らなくて、他の連中はとうに気が付いてたって可能性もあるな。現に気が付かなかったお前らだけここに残ってるんだからよ」
 それまで大人しくしていたスヴェルは組んでいた腕を解いて、上着のポケットに手を突っ込んだ。
「で、ヘイズ。じじいが言ってた麻薬PCPは、どっか絡んでくるのか?」
「ああそれ、爺さん自身が聞きつけた会話だろう? まだ繋がりが見えてこないけど……これは私の憶測だけど、麻薬絡みで何か取引なり、流れがあったって事はないかな」
 手元のメモを捲くりながらエルフレダが言葉を継ぐ。
「エアドレイドかレブナンスどっちか分からないけど裏で麻薬取引があった。この場合レブナンスとエアドレイドの間にあったと考えた方が自然かな。で、レブナンスが何か不正をやらかして、納得が行かないエアドレイドは軍事介入に当たるような事を企んでる、と。だけどレブナンスに勘付かれて公子が人質に取られた――とか」
「ひでえ憶測だな、そりゃ。お前頭悪いんだから無理すんな」
「だってマクガフィンなんて皮肉めいた名前の架空の組織作るくらいだよ。取引するための幽霊ダミー会社だと思えば」
「決め付けるにゃ証拠がねえ」
 エルフレダの背後に佇むスヴェルが即座に却下する。不透明な部分の多いレブナンスと、こうしてヘイズらを騙していたエアドレイドだからこそ有り得なくもなさそうだと思えてしまうところが、かえって恐ろしい。
 適当な相槌を打って、そこへ割り込む。
「辻褄を合わせようと思いながら考えたらそうなるな。まあ俺が思うに、俺達みたいなのも頭が良さが絶対ってわけじゃない、悪知恵が働けばいい」
 平然とのたまうヘイズに閉口しながら、スヴェルは大袈裟な素振りで肩を落とす。
「エルフレダの言うような麻薬じゃなくとも何らかの国家機密が関わってたりなんかしたら、俺たちの出る幕ねえな。ただ巻き添え食らった民間人ってところか。真相も分からないまま有耶無耶にされて不完全燃焼で終わるぜ」
「言えてら」
 そう言う男の笑い方は自虐のようだった。
 手持ちの情報は少ない。探すための手掛かりがあまりなかった所為だ。気軽に聞き込みが出来るようなものでもなかったし、誰かに吐かせるにしてもその関係者がごっそりいなくなってしまっているのでは出来る事が少ない。
「ああでも傭兵業の人間が国家機密レベルの兵器を抱え込めるご時世か。守秘義務が絡んで来たら、依頼人の事もこれだけベラベラ喋ってんだ、証拠隠滅喰らうかもな」
「洒落にならないな」
 有り得ない話ではない。加減を覚えなければ自分達の命にも関わってくるような話だ。
「お前達にもう一つ喋れる事があるとすれば、うちの人間を見たって噂がある場所が発覚してるって事だな」
「そこまで分かってるなら何故突入しない?」
「人手が足りない、っていうのは建前だな。問題はそこじゃなくて、場所にある」
 男が半ば投げ遣りに答えた。親切で答えてくれているのか、本部から命令されて答えているのかどっちとも付かないのが厄介だ。こちらが利用される可能性を否定しきれないし、もしそれが自分たちにとっても有力な手掛かりであるのなら、従っても良いところだ。
 続きを急かす単語を吐かずにいたため、男は少し間を置いて続けた。
「国境近くの軍の基地だってな」
 話に聞いている公子誘拐の場所だろうか。
 そう思い至ったところで、男は指示を待たずに立ち上がった。