Novel

COMPLEMENT
22 Dealer's Vigor

 サハクの店は整頓という単語から程遠い。店というよりは工房と称した方が余程それらしい作業場が広がっている。中心に大きな作業台を構え、その周囲に機材を並べていた。アモパレットが山のように並び、大量の弾薬箱が陳列されている。丸い塊もそこかしこに見えたが、後者は普通の花火なのだろう。火薬の匂いに親しみを感じて辺りを見回した。
 爪先に入り込んで落ちる事のない黒い煤には特に見覚えがある。工房の中心で不機嫌そうな声を出しているのは、プラチナブロンドの髪を背に垂らした女だった。
 店主に声をかけるより先に彼女に近寄ったスヴェルが襟首を掴む。
「まだやってんのかお前は。こっちは話ついたってのによ」
「じいさんが口割ってくれなくってさあ」
 困り顔で訴えるエルフレダの手元には、船を降りる時に手にしていた箱がある。メモと一緒に押し付けろとスヴェルが言っていた以上、交渉といった類の話でもないはずだ。妙に時間ばかり消費している事を疑問に思いながら、ヘイズは首を傾げた。
 工房の奥で木枠を組んだ椅子に腰掛け、作業を続けている男を見やって、スヴェルが言葉を継ぐ。
「サハク、そっちにも連絡は入ってるんだろ? 折角エルフレダを寄越したってのに、何故無視する」
「それを受け取ってしまったら儂の命がないかもしれん」
 ようやっと口を開いた男の口ぶりは酷く重たい。一向にこちらを向かないサハクに業を煮やしてか、スヴェルがエルフレダを放って奥へ進んだ。対するのはいかにも頑固そうな老人だ。
「命だあ? 商人だろ、売れそうなものなら何でも売ってみせるのが俺達じゃなかったのか、サハク。値次第では命の売買だってしてやらあ。お前を喋らせるには、何が足りない?」
 胸倉を掴んで今にも殴り掛からんばかりの喧嘩を売りに行く。いかにも石頭そうな男がびくりと肩を震わせた。余程の背景があるらしく、スヴェルはそこへつけ込む。
「何かやらかしたんだな? 俺らにとって不利益を被るような真似を、しでかしたんだな?」
 一つ一つ確認する発せられる言葉に、嫌悪感が感じ取れる。八つ当たりなんかではなく、スヴェルの機嫌が心底悪い事に気が付いたヘイズは、逆鱗に触れないように単語に気を使いながら肩を掴んだ。何が哀しくてか、すっかりこの男の扱い方に慣れてしまった。
「どんな不都合があるのか俺には分からんが、もう少し言い易くしてやらないと駄目だろ、スヴェル」
「俺が何も知らないと思ってんだよ、この親父。エルフレダはどこまで話した?」
 途端に興味が失せたように手を離して上着のポケットに手を突っ込む。若者の暴力から開放されたサハクは情けない表情で俯いた。
 周囲の環境からしても職人気質の中年男という第一印象があっただけに、ヘイズにとっての彼の印象はがらりと変わっていた。間違いなく何かに怯えている。
 名指しでスヴェルに呼ばれたエルフレダは、頬を掻きながら口を挟むタイミングを伺う。幸いスヴェルがサハクを問い詰めるのを一時的に中断していたため、彼女は安心して話し出す事が出来た。
「公子誘拐の通信が入ったから、予定を繰り上げて出来る事をしてくつもりって言ったんだけど。協力してもらえるか確認したのね」
「なるほど、俺はお前が何てカマかけたか想像ついたぞ」
「ほほう?」
「『近い内に火薬が必要になるからそのつもりでいてね』ってのと、『最近外からでかい仕事が入ったようだけど、こっちに何の報告も入ってないね?』だな」
 エルフレダの口調を極力そのまま己の言葉に置き換えながら、男がからかう。重心をずらして佇むスヴェルの足元にあった影が、サハクの側まで伸びた。
「流石幼馴染、ドンピシャ。それまで嫌だ、儂ぁ何も知らんの一点張りだったんだけど、総元締めの息子が来た途端にこの状態。分かりやすくて嫌になっちゃう」
「女だからってナメられてんだろ、お前」
 呆れ顔で帽子ごと頭を鷲掴みにし、小突く。
「火薬が必要になる――?」
 エルフレダの発言が気に掛かって、スヴェルの耳に入らぬよう小さく尋ねて見ると、彼女は意地悪そうに笑みを浮かべて頷いた。
「おやそこまで聞かれてた? 私ら、裏の顔はちょっとした武装集団でさ。商団を隠れ蓑にしてんの。商団ってのも嘘じゃないけどね」
「道理で俺みたいな訳有り傭兵を護衛に使うと思った」
 今まで黙っていた肩書きの一つを今この場で洩らした事に疑問を持たざるを得ない。ただ聞かなかったから答えなかったと言われてしまえばそれまでだが、一連の行動を脳内で追ってみても、寧ろ納得する方向に動くだけだった。
 ヘイズはスヴェルのやり取りを邪魔しないよう、出口に近いところを陣取った。ヘイズの立ち位置からならば、裏口を使われない以上は逃げ場を塞げる。
「本部の看板汚すような話は本部こっち通してもらわなきゃ困るんだよ。さてはお前、ヤバイとこと契約交わしたな?」
「ヤバイと言うよりは……」
 震える語尾を安定させようと唾を飲み込んで、サハクはもう一度黙り込んだ。スヴェルの視線を避けるように、逸らした視線が足元で泳ぐ。
「話が来た時はこりゃチャンスだと思ったんだ、綱渡りをするような相手じゃないのは確かだった。この様子だとお前は大体全部分かってるな?」
「どこぞの馬鹿みてえに勘の良い女のお陰で、大体の想像はついてる。相手の名前は吐けるか」
 全て憶測の範囲でしかないなどとは言わず、その憶測へと導いた当の本人であるエルフレダも何も言わなかったため、黙って大人しく続きを聞く。スヴェルの確認には首を振り、サハクは続ける。
「無理だ、推察してくれ。国家規模だ、儂は不味いことに首を突っ込んでしまった。スヴェル、お前が連れてるのは北の傭兵か?」
「おうよ」
「悪いこた言わん、関わるのはよした方が良い。エアドレイドはレブナンスに喧嘩を売る気だ」
「そういった連中と取引したのか?」
 反問された問いには小さく頷き、サハクは口を閉ざした。それ以上何も喋りそうにない事を予期したスヴェルは、エルフレダを振り返って首を竦めた。片耳傾けていただけのヘイズにも凡その想像ができたのは、最後の質問のお陰だろう。
 その所為で面倒な事に巻き込まれてしまったようだという直感だけは、確実なものになった。
「ええと、つまり――?」
「武器が欲しいって言う連中がサハクのじいさんに声をかけてきた。その連中は確実に信用がおける連中だっていう保障があった。だけどその連中、実はヤバイ事を企んでたって後から気が付いちゃった。そういうことじゃないの?」
 要点をエルフレダにまとめさせ、スヴェルは落胆の溜め息をついた。
「少しずつ流してたらしいが、今や相当な額だからな。バレないと思ったら大間違いだ。傭兵の事を知ってるってこた、お前も事情を知ってるんだろ」
 緊張を悟られないようポケットの中に隠した指先が、銃のグリップを探る。ざらりとした網目の感触が皮膚を擦り、冷えた金属がその重みを感じさせる。
「じいさんは相手の正体を知ってるのか? それは言ったら『命がない』のか?」
 思わず口を挟む。サハクは頭を抱えながら鈍い動きで顔を上げた。
「スヴェルに言った通りだ。屈強で腕の利く傭兵が欲しいと言うとったから、北の一団を紹介したんだ。連中が何をしたいかなんて儂は知らん。だが武器が欲しいと言うとった後に、公子が誘拐されたとな。そうなると儂はとんでもない事に手を貸してしまったのかもしれんと――」
「エアドレイドの公的な人間が私的な理由で武器が欲しいって?」
「半ば脅された形だった。それは理解してくれ。商団に迷惑を被る事を分かっていながら言い出せなかったのは、逃げれば全部表に出ると思ったからだ」
 震える喉を押さえながらサハクが呻く。
 頭上から睨み下ろしたまま、スヴェルは適当に頷いた。
「トンズラこかなかった度胸だけは認めてやる。然るべき制裁は下ると思うけどよ、それを決めるのは俺じゃねえし。その前に知ってる事を全部吐け、内容が使えるもんだったら口添えしてやってもいい」
 作業用スツールを台の下から引っ張り出して勝手に腰掛ける。火薬だらけの室内にこれだけ篭っていれば、そろそろ服に匂いが染み付く頃だろう。
 サハクはその場で肘をついて逡巡した。
「あとはそうだな……よく分からない単語が出てきたな、フェンサイ……なんだ? とにかくそういった単語だ」
「フェンサイクリジン?」
「そう、そんな感じだった」
 ヘイズが間で思い当たった単語を呟く。サハクはこちらを指差し目を丸くして大きく首を縦に振った。エルフレダかスヴェルに問われる事は間違いないと予想していただけに、余計に事情が飲み込めていないスヴェルの視線が深く突き刺さったように感じる。
 案の定、彼は眉を顰めて尋ねてきた。
「ヘイズ。そりゃ何の呪文だ」
「麻薬だ、PCPの成分。強烈な麻酔薬で量次第じゃ象も倒れる。エンジェル・ダストとか別名もあった気がするが」
 どこまで説明した物か戸惑いながら口にすると、きょとんとした目をしながらもどこか納得した素振りですぐに視線を逸らす。
「ああ、あれか。馬鹿相手にすりゃ良い値で売れるらしいけどな」
「扱ってるのか」
「いーや、前に手出した奴がいて、商団から追い出されたのを見た事がある。親父もアレには関わるなって言ってたな、うちの『看板を汚す』んだと。俺は合法のものだけだ。他の幻覚サイケデリック系が欲しけりゃ言いな、卸してやる」
 苦笑にも似た笑みを浮かべたもので、ヘイズは呆れた。どこからどこまでを冗談のつもりで話しているのか、見極めない限り傍迷惑な存在だ。
 自分達傭兵を呼び寄せた組織の正体が徐々に見えてきたような気がして、一歩だけでも前に進めた実感があった。具体的にどうしたら良いかなどまだ何も見当がついていなかったが、一人でうろついていては掴めなかった情報ばかりだ。
「益々厄介な事になってきたぞ、俺はもう手を上げたい」
 弱音を吐く。背中をどつかれ、咳き込んだ。スヴェルは前方にいたので彼でない事は確実だ。驚いて首を捻ると、肩より低い位置にエルフレダの被っている茶色い帽子が見えた。
「なーに言ってんのー、やっぱり渦中の人物だったんじゃない。ヘイズら傭兵団がエアドレイドに呼ばれたのは、じいさんの紹介の所為って事で良いんだね?」
「……そう、なるな」
 認めたくはないのだろう、やや口篭っている。返事を待たない内にスヴェルは荒々しく椅子から立ち上がり、乱暴にそれを片付けながら頭を掻き毟る。
「面倒くせえ、報告しないといけなくなっただろうがよ。とにかくそいつは受け取れ、本部の意向だ」
 エルフレダから箱を奪い取り、強引にサハクに押し付ける。その中身については一切関与していないヘイズには、それが何であるかまで分からない。
 スヴェルの一連の態度は傍から見ても苛々しているとは感じていたものの、今度ばかりはエルフレダに八つ当たりしていた時の比ではない。扉を蹴り開けながら出て行こうとしたのでヘイズは慌てて避けた。
 そこに自分が巻き込まれるのだけは御免だ。車内で散々振り回されて頭をぶつけた痛みもまだ完全には引いていない。
「ああもう知らねえよ、いっその事責任感じながら括れ。その方が俺は清々する。じゃあな、またこっちに来る事があったら顔出してやらあ」
「スヴェル! なんて事を言うんだ君はー」
「おいヘイズ、ぼさっと突っ立ってるなら置いてくぞ」
 咎める幼馴染の存在を視界から避けるように上半身を捻り、スヴェルが叫ぶ。横暴な男から解放されて少しばかり安堵しているようにも見えるサハクの様子を伺っていると、そのまま放置していっても良いものか不安になる。
 しかしヘイズの雇用者はスヴェルだ。何も言わずに従った。
 店を出ると、真上にあったはずの日はやや傾いている。それだけの時間をそこで浪費したのかと思うと頭が痛くなるが、収穫が全くなかったわけではない。
 再び船に押し込められ、出て来る時に適当な場所に片付けておいたダンボールを拾い上げながら後部座席を広げた。てっきり定位置に納まると思っていたはずのスヴェルが身を押し退けてきたもので、ヘイズは驚き混じりに場所を退いた。
 そのまま真っ直ぐ荷台の無線の前へ向かってしまったので、エルフレダのフォローを待つ。
「親方に報告するんでしょー。指示を仰がないといけないからね」
「ああ、なるほどな」
「それよりこの後どうするのか聞かせてよ。ヘイズが中心人物と関わりがあるって分かったわけだし」
 座席の横にある収納から周辺地図を引っ張り出して、エルフレダが唸る。
 どうしたら良いのかなど、自分が聞きたい。
 依頼人が呼びつけた事務所を教えろとスヴェルが言っていた事を思い出し、エルフレダから地図を借りてその場所を探り始めた。