Novel

COMPLEMENT
20 Ominous Grief

 ヘイズはエルフレダの言葉を特に疑いはしなかった。出入りする店の傾向を見ていた以上、寧ろ納得してしまったくらいだ。居住用スペースを備えた船の壁に寄りかかり、スヴェルは尚もヘッドフォンを手に眉を顰めていた。
 どう返答したものか悩んでいると、自らが口を開くより先にエルフレダが続ける。
「私らは堅気の連中には手を出しにくい物を中心に扱ってるんだ。だからそういう連中はすぐに分かる。勿論一般のものも扱ってるけどね」
「今の通信の相手は?」
 答えは期待していない。それでも訊かずにいられなかったのは、自分が外見とは裏腹に、到底落ち着いているとは思えなかった所為だろう。
「こっちの仲間内で使ってる周波数だ。だから内容も向こう訛りだ。何か面倒な事があればすぐに連絡が入る。くそ、あいつらまた周波数変えやがって、連絡しろってんだ」
「それで周波数合わせるのに苦戦してたの?」
 予想に反してスヴェルが正直に答えてくれた。それを聞いて何がしたいというのか。己に問うたところで何が変わるわけでもない。益々袋小路に追い詰められたヘイズは頬を掻いた。
「てことは、一見関係ないように見える話だが――」
「国境の警備が厳しくなってるだろうな。それもあるが、こっちの事情が絡んできた。正直お前の北に戻りたいって要望にゃ構ってられなくなるかもしれない」
「俺の事は後でも良い」
 元々行き摺りの関係だ。いざとなれば放り捨てられる事も覚悟していただけに、スヴェルの態度がやけに親切に思えた。その場にどかりと腰を下ろし、エルフレダを手招きしながら破った残りの紙を床に敷く。スヴェルはそこへ唐突に何かを書き出した。
 気持ち的にも急いでいるのか、傾いた字が滑稽に歪んでいる。
 それをエルフレダが膝を突いて覗き込む。今度は符号なんかではなく、ヘイズにも読める共通語だった。様々な事が省かれていたが、概ね事情を説明するものである。二つ折りにしてエルフレダに手渡し、スヴェルは背後に積み上げた箱の一つを指差した。
「お前はサハクのくそじじいに、これとそこの荷物を渡してこい。後で迎えに来てやる」
「スヴェルは?」
 メモを確認しながら箱を漁り、目的の物を見つけ出して座席に一度置いた。エルフレダは薄い金髪をまとめながら帽子に押し込む。長い金髪もそうしてしまうとあまり目立たなくなった。
「お前が用事片付けてる間に、ウラジーミルに話を聞いてくる。丁度良いからヘイズも借りる」
「俺もか?」
「ウラジーミルが傭兵の話を持ち出してきたからな。お前がエルフレダと何話してたかは知らねえが、無関係じゃないかもしれないだろ? お前最初に俺に言ったよな、『ここらで北の傭兵を見なかったか』ってな」
「確かに訊いた」
 覚えのある言葉に頷く。エルフレダは「じゃあちょっと行ってくるね」と扉を閉めた。
 彼女の姿が店へ消えていった事を目で確認し、スヴェルは無線の電源を切ってヘッドフォンを放る。座席の間を通り抜け、すぐにハンドルを握った。そのまま移動するつもりなのだろう、エンジンをかけるなり席に座るよう促された。
「お前、仲間を探してるんだったな」
「そうだ」
「ついでだから俺らの事情を教えてやる。こっちの売り上げと実益が噛み合わなくてな。何せ額がでかい。どっかでちょろまかした馬鹿がいるんだ。誰が誰に横流ししてたのか、調べろと言われてる」
「それと傭兵が関係あるのか?」
 関連性が見えずに尋ねると、スヴェルは片眉を上げて大袈裟に肩を竦めた。
「大量の武器を欲しがるのは大抵、傭兵か裏の連中だ」
 そして軍の連中は個人から買い取る事はそうないと付け加えた。言われてみて考え直し、合点が行った。
 石像のある場所から少し坂を下り、通りの角を曲がったすぐのところに看板が存在する。スヴェルが徒歩で往復していたくらいだから近い場所にあるのだろうと踏んでいたが、船で移動してしまうと予想以上に近かった。ヘイズが仲間と街をうろついた時にも通ったはずの路地だが、白い看板に赤い文字で書かれた看板に見覚えはない。両替とだけ書かれていたが、一般客にはそれだけでも十分のように思えた。
 見た目は小さな売店のようだ。こちらはエルフレダが向かった店の通りと比べても、若干賑やかさを感じる。周囲を見ればぽつぽつと人影が確認できた。
 船を止めてさっさと降りてしまったスヴェルの後を追う。
 石畳の歩道が店の目の前まで続き、スヴェルが扉を押し開けると同時に鉄がベルを打ち鳴らす。よく見れば休業日と書かれた札がかかっている。
「おいスヴェル――」
 慌てて止めようと腕を掴むと、スヴェルは眉間に皺を寄せながらすり抜けた。
「俺が来るの知ってて鍵かけてねえのが悪いんだよ。おい、じじい!」
 足を踏み入れると同時に罵声を浴びせ、ずかずかと店の奥へ入っていく。他に客がいなかったから良かったものの、ヘイズには真似できない事だと思った。
 茶を基調にした店の造りは簡素で、無理矢理商品陳列棚を並べてある以外は新聞や切手、菓子の類を扱えれば十分といった具合だ。それらは大抵カウンターの前に並んでいる。
「通信が入ってた、お前らんとこにも来てるだろ?」
 カウンターに身を乗り出して覗き込み、その影に店主がいないかどうか探す。店の商品を引っくり返しかねない勢いで周囲を探し回るスヴェルは、店主の隠れん坊に付き合わされている様で見ていて奇妙だ。
「誰じゃ、今日は休業日だぞ」
「おいウラジーミル、ハンクスんとこのスヴェルだよ! さっきも来ただろ!」
「おお」
 スヴェルが探していた場所とは凡そ見当違いの方向から皺まみれた老人が顔を覗かせ、杖をつきながら出てくる。よたよたと不安を感じる足取りだ。手を貸そうと思って一歩前へ出ると、スヴェルに放っておけと制された。
「またボケやがって。遊んでんだったらいい迷惑だ」
 腰に手を当て横柄な態度で老人ウラジーミルの方へ振り向く。ウラジーミルはヘイズと外の船を交互に見、暫く間を置いて驚いた顔をした。
「スヴェル、お前またあの船乗り回してるのか! 物好きな奴だの!」
「うるせえ。じじいどもには妙な拘りがあるようだがな、こっちは時間が物を言うんだよ。ホバーという名のトラックだ。そうでなきゃキャンピングカーだ。お前ら南は良いだろうよ。今時北であんな車輪で走ってたら、雪に埋もれて身動き取れなくなっちまうわ。空路を使え、空路を」
 一口に捲くし立て、カウンターに拳を置く。勘定用の皮製のマットが鈍い音を伝え、レジ横の陳列ケースを震わせた。缶に大量に差し込まれたロリポップを一本頂戴し、スヴェルは続ける。
「で、国境の公子がどうしたってよ」
「はて」
 殴り込みに来たと言われても首を縦に振れそうな調子の男を前に、ウラジーミルはとぼけた様子を見せる。カウンターの裏側にある椅子を引きずり出しながら、ゆっくりと腰掛けた。
「本当に国境で騒ぎに巻き込まれてるのは公子なのかね」
「俺に聞くな」
「わしゃ見たぞ。アレは公子じゃない。噂に聞く翡翠ではなかった」
「目の色か?」
「そうじゃ」
 ウラジーミルは深く肯定する。こうして一方的に話を聞いていると時間ばかりが過ぎていくという事に気が付いたのか、スヴェルは頭を掻きながらカウンターに肘をついた。
「じじいがさっき言ってた傭兵の話なんだけどよ」
「そんな事言うたかの」
「ボケんな、本気でボケるにはまだ十年早え。行方不明になったってやつ、一人残ってんぜ」
 握り拳の親指で指差されたヘイズはそこで自分に振られると思っていなかったためか、きょとんと目を丸くしながら立ち尽くした。ウラジーミルはスヴェルの一言に短く頷いて、視線をヘイズへと移した。
 丸眼鏡の向こうの、まるで値踏みするかのようなねっとりとした視線が、舐め回すように爪先から脳天までを追う。あまり気持ちの良い物ではなかったが、その方がよりそれらしいとも思えた。
「出身は?」
「ルクサンドル、テナウ=ハサハの南の方だ」
「何人で来た?」
「二十人。今は俺一人だけだ」
 端的な質問に直感的に答え、それで良いものかと疑った。しかしウラジーミルは一つ一つに頷きながら、レジの前に置いてあったらしい領収書の中から目的のメモを漁っていた。
「多分、間違いないのう」
「じじい、何で傭兵なんて探してんだ?」
 カウンターに寄りかかったままのスヴェルが口を挟む。口内の飴を噛み砕く音が微かにヘイズの耳にも届く。
「突然消えたからじゃよ。客に突然消えられるのは気持ちが悪いからの」
 当たり前だと言わんばかりに言い切り、ウラジーミルは領収書の束をクリップボードごとテーブルに放った。
 気まずいばかりの数十秒の沈黙が、とても居た堪れない。
「ともかく無事で良かったわい」
「無事で? どういう事だ」
 何気ない単語が気に掛かり、反射的に問い返す。
「今は一人なんじゃろ? お宅のリーダーは今まで一度たりともわしとの契約を破った事はない。何かの事件に巻き込まれたのは確かじゃよ。少なくとも連絡が取れない状況にあるって事は確かじゃ」
「その事で話を聞きたいんだが……」
 傍らでスヴェルが飴のなくなった棒を噛みながら、カウンターの裏側にあるらしいゴミ箱を目で探している。こちらの視線に気が付いたらしく顔を上げた。ヘイズは勝手に話をして良いものなのか戸惑いながら、続けた。
「うちのリーダーが最後にそっちと連絡を取ったのはいつだ?」
「二週間は前だったかの」
「やっぱり消える前か」
「どういった事情があるのか、話してみる気はないかね。スヴェル、奥に折り畳みの椅子があるから持ってきとくれ」
 店の奥の居間に繋がる通路を指差しながら、スヴェルを顎で促す。嫌々と言った様子でスヴェルはそれに従った。近所の悪がきのようである。
「俺達はエアドレイドで起きてる紛争の鎮圧を手伝ってもらいたいと呼ばれたはずだった。正規の軍とは違う、お偉いさんの私兵だ。随分若い依頼人だった。俺と同じくらいかな」
「お前さん今いくつかね」
「20だ。依頼人は褐色肌で、いかにもこっちの顔をしてた。後ろにエアドレイド軍らしい軍服が何人かいてな、少し不思議に思ってた――」
 ウラジーミルは難しい表情で俯いた。気にして言葉を一度止めると、気にするなと続けるよう指示された。
 気になってスヴェルの様子を伺ってみたものの、同様にこちらに構う気配はない。
「着いたのが夕方だったな。その夜は待機と言われて翌朝だ。半分がどっかに行ったまま帰ってきやしねえ。大方街に下りたんだろうと思って放ってたんだけどよ。夜になっても戻って来ねえ。作戦会議の時に依頼人に聞いてみたんだが、奴も何も知らない様だった」
「その次の朝には残りもお前以外は全員消えてたってのか?」
 売り物の菓子袋を弄びながら、スヴェルはやや呆れた口調で尋ねた。それにはヘイズはただ頷くしかなかった。
「そうだ。その時には依頼人の事務所ももぬけの殻だった。仕方ねえからあちこち探し回ってみたんだけどよ、聞いて回っても知らねえの一点張りだ。埒が明かねえ。暫く残って探そうにも俺には滞在権がどれくらいか確認できてないし、ツテもない。一旦戻ろうと思ったところでスヴェルに声を掛けられた」
「なるほどのう。その依頼人と言うのは」
「俺も詳しい事は知らない。こっちとアルフィタは貴族制度が現存するっていうだろ、多分その手の奴だ。てっきり貴族同士の喧嘩にでも巻き込まれたと思ってたんだが」
 そこまで言って、何と続ければ良いのか分からなくなり、ヘイズは口を噤んだ。
 それ以上の事は大体リーダーに任せてしまっていたし、大抵の事はリーダーと依頼人がやり取りしている物を後から聞かされる形だった。今更になってその不便さに気が付き、頭を抱えたい衝動に駆られる。
 何も知らない所為で、結果的に行動を躊躇う。
 言葉を待ってみるものの、ウラジーミルは何も言わない。困ってスヴェルに視線を傾けてみれば、少し挙動不審気味に後退った。
「ヘイズ。なんだ、その、貴族っぽい奴ってどんな特徴があったか覚えてるか?」
「頭は黒かったな、髪の長い男だった。低い位置で縛っててな。ひょろっとしてんだが、背格好は平均だな。眼鏡を掛けてて、気難しそうな顔してた」
 記憶から引っ張り出し、思い出せる限りの特徴を列挙していく。
「ああ、あと目の青い蛮猫っぽかった。瞳孔が少し細い」
「よく見てんな」
「蛮猫はまずそこを見る。そうだな、特徴つったらそんなもんだ。顔を見れば分かるが」
 スヴェルがウラジーミルを顔を見合わせる。すぐにウラジーミルは何かを探しに、杖を突きながら店の奥へ姿を消した。呆気に取られながらその様子を見守っていると、困惑したスヴェルと目が合った。互いに発言に困っているのが見え透いている。
 上着のポケットに手を突っ込みながら、スヴェルが溜め息をついた。
「ぴんと来ねえんだよなあ。貴族にゃゴロゴロいそうな感じだし、血統の半分以上に蛮猫の血が入ってるらしい。片っ端から聞いて回るしかねえな。あー面倒くせえ」
「それは俺が個人でやるつもりでいる」
「こっちの事情が絡んできたつったろ。仕方ねえから付き合ってやるよ。そうでもなきゃ、お前ヒッチハイクだけで北まで行く気か?」
 親切なのか本心なのか判断の難しい言い振りだ。予想と違ったスヴェルの返答に、ヘイズは戸惑いを覚えた。