Novel

COMPLEMENT
18 Dirt of Loudness

*

 国境の憲兵に紛れて男は唸った。雷光は目が眩むほどに白かった。
 
 エアドレイド北部の貿易都市は広く、都会的だ。
 中央から外れた通りに貨物用のホバーを寄せ、荷物を積み込む仲間の姿を視界の隅に置いて、男は耳に当てたヘッドフォンに集中する。交通量の少ない通りだったため、大通りにいるよりは遥かに静かな環境に思えた。
 積んだ機材の一つと対面しながらつまみを調整し、返って来るノイズに変化が起きないか根気良く待ち続けた。傍らで不機嫌そうな顔をした男が相変わらず荷を積み続けていたが、微かに荷台が揺れる度その存在を思い出す。聴力に集中するあまり、男の存在は邪魔でしかなかったのだ。
 機械の窓から覗く数字が切り替わる。無線からノイズが洩れる事もなく、ただ静寂だけがあった。試しに数秒ほど待って何も反応がない事を確認し、諦めの溜め息をつきながらヘッドフォンを外した。
「何か拾えたか」
「駄目だ、全然」
 荷物を積み終えたらしい男が、ダンボールを抱えたまま尋ねて来た。北の商人であるスヴェル・ハンクスは、無愛想に答えてヘッドフォンのプラグを抜き取り、荷台から降りる。何か音が入った時にはスピーカーを介して直接聞こえてくるはずだ。
 男は眉を顰めながらダンボールを差し出し、口を開く。
「電波障害が多くて厳しいだろ。諦めついたならお前も運び込み手伝え、サボるな」
「言うタイミングがわりーよ、終わってんじゃねえかヘイズ」
 地面に敷き詰められていたはずの荷物は全て船の上に乗っていた。頭一つは余裕で見上げる必要のある大柄な体躯を起こし、白人種黒髪の男――ヘイズは肩を竦めた。
「俺が雇われたのは護衛であって、お前の仕事をさせられるためじゃないぞ」
「ぶつくさ言いつつ生真面目に仕事してるお前の台詞じゃねえよなァ」
「親方に怒鳴られるぞ」
「へいへい」
 小言が始まる前にと、気のない返答でスヴェルは周囲を見回した。いつもと変わらぬ日常がそこにある。少し道を外れた場所だからこそ喧騒とは距離を置いていたが、大通りへ出れば露店商や屋台が所狭しと並ぶ賑やかな街だ。その中に蛮猫や東来人が多かったのも目に付く。
 北のテナウ=ハサハも様々な人種の見られる街が多かったが、南のエアドレイドも場所を選べば色んな人と出会う。こちらは褐色肌もちらほらと見受けられ、より多種の人種が存在しているようにも感じられた。
「荷が少し重かないか?」
 ヘイズが微苦笑で最後に重ねたダンボールを突付く。
「何言ってんだ。商団は何でも屋よ、金が絡めばな。但し非力だ。自前でどうにもならん事は他の手を借りるのさ、お前みたいな傭兵とかな」
「用心棒ならそこらの粋がってる奴に小遣いやれば釣れるだろ」
「パクられっから駄目駄目。プロの傭兵なら報酬が支払われている限り、確実に契約に従うからな」
「俺を使う程の荷物を積んでるわけか」
「そーゆーこと」
 力なく返せば、ヘイズはどこか納得した風に頷いた。
 ヘイズ・デクシスという目の前の傭兵は、エアドレイドに入ってから酒場で見つけた掘り出し物だった。傭兵として転々と歩き回っていると聞いたのだが、帰るにしても金が尽きたと言うのだからスヴェルも呆れるしかなかった。
 目的地が同じ事と、安く使ってくれと言うのだから暫く迷っていたが、言動は的確で信頼が置けると感じたために博打で声を掛けた。これは当たりのようだった。何より気が利いている。最低限のルールを知ってくれていた事は何より助かった。荷に関して首を突っ込まない事――これだけだ。
 これでなかなか喋りやすい相手だったため、変に気を使って疲弊する事もなかった。
「そういえばお前、装備はどうしたよ」
 荷物を最低限にまとめたきり、見当たる物と言えば自動拳銃くらいだった。経費は商団が持つという話だったため、知人の武器商に声を掛けていくらか見繕ってもらったのだが、肝心の使い手であるはずのヘイズはあまり武器を持とうとしていないようだった。
「手に馴染まない物は咄嗟には使えない。気休めだ」
 背に隠し持っていたらしく、とんと腰を叩いて嘆息する。万が一の時に役に立たない護衛では雇った意味がない。スヴェルは満足げに頷いた上で呟いた。
「頼もしいことで」
「ところでそいつは何だ」
 ヘイズが荷台の機材に紛れたダンボールを指差す。カバー用のプラスチックケースとコイルの他、ドライバーやがらくたを適当に放り込んだものだ。
「スタンガンだ。急場凌ぎの自作のやつな。威力の加減は期待すんな。中身はともかく外見が――」
「俺に貸せ、見てくれはちったあマシにしてやる」
 放り込んであったゴム手袋ごと奪って、ヘイズはそれを席に持ち込んだ。まさか移動中に弄るつもりなのだろうかと聞こうとしたが、流石にそんな真似はしないはずだ。大体見てくれを弄るだけなら、感電する恐れのあるようなパーツに触れる必要はない。
「エルフレダはまだ戻ってないのか」
 仲間の女の名前を出して、ヘイズは問う。
「出てってからもう一時間は経ってるだろ?」
「サハクのじいさんとこだろ、世間話でもされてんじゃねえの。俺が行ってもろくに話もしないくせによ。セクハラまがいな事されてなきゃ良いけどな」
 不貞腐れ気味に答えると、ヘイズは渋い表情で肩を竦めた。馬鹿にされているのか、呆れられているのかスヴェルには区別がつかない。荷台を確認していると、ヘイズが独りでに続けた。
「一人で行かせてやるなよ」
 完全に後者の方だ。ヘイズにまで指摘されたら行かないわけにはいかない。放って置けば更なる小言が飛んでくるだろう事は、これまでの一週間の間にいやと言う程実感している。それを避けるためにはどうしたら良いか。答えは簡単だ。
 仕方なく船に乗り込みハンドルを握ると、ヘイズは満足そうに頷いた。
「確信してやがったな」
「物分りの良い奴で良かった」
 どの顔でそれを言うかと言ってやりたくもなる。実際に口で言って勝てた試しがないので、諦めるしかなかった。
 エアドレイドは北と比べ、比較的暖かい地域だ。防寒具をしっかり着込まずともそれなりに暖を保つ事ができる。素手で外気温に当てられても指先が凍りつく事がないというのが、何より有難かった。荷の増える仕事の際にはその方が楽で良いが、それでも育った環境には適わない。
 早々に用を済ませて北へ帰りたいスヴェルとしては、エルフレダを拾って終わりにしたいところだ。
「ああそうだ、嫌な事を思い出した」
「どうした」
「親父の知り合いがこの近くにいるんだよ、来たら顔出せって言われてたんだ。エルフレダと合流したらちょっくら行ってくるか」
 嫌々といった素振りで呻き、ヘイズの同情を買う。だが予想通りにはいかず、ヘイズは無関心を決め込んでいる。つれない男だ。
 エルフレダが向かった先は、細い路地を抜けた先にある少し開けた場所だった。石像が中心に立ち、その周囲は円状にくり貫かれている。石像の向こう側に隠れるようにして構えている店がそれだ。鮮やかな色彩の看板をショーケースと共に掲げ、その一方で寂れた灰色の内装が見えて奇妙な違和感を感じさせる。
 表向きは花火屋だが、スヴェルにはどうしてもただの火薬屋にしか見えなかった。
 通行の邪魔にならぬよう少し店から離れたところに停泊させ、ヘイズの顔を覗き見る。
「留守番頼んでも良いか」
「迎えに行くのか?」
「エルフレダじゃねえ、俺が行くのはボケ老人の方。アイツ両替商やってるから、ついでに換金頼んでくるわ」
 不愉快な質問に顔を顰めながら、スヴェルは乱暴に扉を閉じた。反動で機体が左右に揺れる。サスペンションの軋みが止む頃には、スヴェルはとうに背を向けて歩き出していた。
 どうしてあんなに短気でいていざという時には商人の顔ができるのかと、ヘイズは不思議に思う。分厚い猫を被ったスヴェルは、素顔を知っている己のような存在からしてみれば、それはもう気持ち悪いくらいに落ち着かないのだと数日前に知った。
 帰りの遅い依頼人の仲間を待ちながら、腕を組む。
 ヘイズがスヴェルを頼る羽目になった原因――エアドレイドに呼ばれたのは何故だったか。未だに不思議でならない。それまでと同じように少年時代から並んで過ごしていた傭兵仲間と一緒に呼ばれ、遠方のエアドレイドまで足を運んでみれば、奇妙な事件に巻き込まれるばかりだ。
 依頼人を名乗っていた男は最初に顔を合わせた時以来忽然と姿を消し、依頼人の背後にいたはずの組織も跡形もなく壊滅している。仲間は口々に逃げやがったと罵っていたが、ヘイズにはそれがもっと別の事情に絡み付いているように思えてならない。
 その仲間も気が付けばいなくなっていた。
(雇い主の周辺にいたのは、訓練された軍人か何かなのは間違いねえ)
 依頼人の紛争の鎮圧を手伝ってもらいたいなんて言葉は嘘に違いない。それまで培ってきた直感がそう告げる。依頼人がいなくなり、仲間もいなくなり、仕事がなくなってしまっては最早エアドレイドに留まる理由がない。何しろ報酬は手に入っていないのだ。契約を守る義理もない。
(スヴェルも訳ありに見えるからな。お互い様ってところだろうが)
 快く迎えてくれた男を巻き込む心配よりも、どちらかと言えばそれについて回っている女性の方が心配だった。
 スヴェルは自分の事を行商だと言っていたが、顔を出す問屋が揃いも揃って物騒な顔ぶればかりだ。普通に肉屋や薬屋に顔出しする事もあったが、その他は加工屋だったり何らかの金属パーツを扱っている場所が多かった。
(ありゃ武器商人か何かだな)
 勝手に結論付け、納得する事で当分の疑問を抑える事にした。依頼人の事情については首を突っ込まない方が身のためだ。契約通りに金が支払われていれば何も問題はない。
 女がこちらに向かって歩いてくるのが視界の隅に映り、安堵の溜め息をつく。
「やー悪い、待たせちゃったかな。スヴェルは?」
 金髪にしては妙に白く見える頭を目深に被った帽子で隠した女が、何気ない笑顔で問いかける。
「顔出してくるって出てった。両替商がどうとか言ってたな」
「ウラジーミルのじーさんとこかな。ただでさえ気が短いんだから、ありゃあすぐに怒り出すね」
 首を傾げながら船に乗り込み、エルフレダは苦笑混じりに被っていた帽子を脱いだ。プラチナブロンドが帽子から溢れ出し、ヘイズは目を瞠る。金髪は別に珍しいものではなかったが、それにしては随分色の薄い金髪だ。まるで遠くを眺める時のように眩しそうに顔を顰めた。
 エルフレダはスヴェル同様に一週間程度の付き合いしかないが、疑問に思う事がいくつかあった。
 何故こんな曇った空を前に、そうも眩しそうな素振りを見せるのか。
 赤茶の双眸と目が合って息を呑む。
「アルビノは珍しい?」
「え、あ、ああ?」
 問われた意味を理解せず、ヘイズは適当に相槌を打った。
Oculo Cutance Albinism眼皮膚白子症、チシロナーゼがないからメラニンを合成できなくて色素がないの。いくつか種類があるんだけどね」
「悪い、さっぱり分からん」
 エルフレダがあまりに素っ気無い素振りで難しい事を言うので、単語から既に聞き取る事もできなかった。しかしエルフレダは特に気に留める様子もなく、片眉を上げて仕方ないなあと笑うのだ。
「――まあ、気にしてるってなら悪かった」
 何と誤魔化せば良いのか分からず、とりあえずの謝罪の言葉を呟く。少女は脱いだ帽子を膝の上に置き、座席を倒した。
「私くらいの色素の薄さだったらあまり不便はないよ。光は多少眩しく感じるけどね。ヘイズらと何も違うところなんてないんだし、別に気を使わなくても良いんだよ。さて、サハクのじいさんの長話で疲れたから私は少し寝る。スヴェルが帰ってきたら起こして」
「お前無防備すぎるぞ」
 仮にも男の前で無防備に寝顔を晒すエルフレダに呆れる。
「そりゃあヘイズは紳士に見えるから、特に怯える必要もないかと思って」
「スヴェルに一度怒鳴られろ」
 平然とそう言う女にそれ以上何か言ってやる事もない。座席に引っ掛けておいた上着を放り投げると、エルフレダは「ほら紳士だ」と述べ嬉しそうに笑った。そうした何でもない挙動が一々気に入らない女だ。目に付くのだ。足元がふらついて頼りなく、動きが緩慢な所為で、考える必要もないろくでもない事を考えてしまう。
 決してそれ以上もそれ以下もない。
 ふと時々後ろから首を掴んで驚かせてやりたくなる。このくらいの動きなら、簡単に殺せてしまいそうだ。そういった馬鹿げた思考が過ぎる。
 本当にそんな事をしでかしてしまわない内に、スヴェルが戻って来てくれるのが一番だ。ヘイズは眉間を押さえたまま、日を避けるように目を瞑った。