Novel

EXTRA SCENE
Shape of SURGE CLINA

 昔から、不動の物を見るのが好きだった。
 下手に口を利く事もなく、自分を否定する事もなく、安心して眺めていられるからという理由から来るものだったかもしれない。だからこそ、自分が造る物に対しても、同じような物を求めていた。
 それも、無意識の内に。
「膨大な記憶量に耐えられる脳が必要になる。基になる遺伝子は物が良質であればある程良い」
 広く、白を基調とした清潔感のある空間が目の前に広がる。白い机、白い壁、白い蛍光灯、白衣。何もかもが白い。目の前に立った学者風の男性は、無言で笑みを浮かべた。
 言わんとしている事は大体分かる。この研究所において、自分より高いIQを誇る人間はいないと、かつて言われた事がある。
 暗黙の了解で、同意しろという事だ。
「……私が、提供しよう」
 部屋の隅に見える扉の向こうは、一転して暗い装いだ。対比すればする程、その差は明らかになる。微かに消毒液の匂いが鼻をつく。この奥で行われている悪魔の実験を、ひた隠しにするためのものでしかない。
 これが、果たして良い事であるのか、悪い事であるのか、自分はまだ分からない。
「わあ、ちょっと困りますよ!」
 背後が騒がしい。またあの男だろう、と振り向く気も然程なかったのだが。毎度ながらよくもこう、懲りないものだ。勝手に研究室に入り込んだ挙句、馴れ馴れしく研究員に声を掛ける。
「何だよケチくせェなァ、いいだろちょっとくらい様子見に来たって」
「そういう問題じゃありません!」
「っていうか、俺、君らよか余程上の上官よ? はい、上官命令で強制入室許可~」
「管轄が違います! 何とか言ってやって下さい、女史」
 今にも泣きそうな研究員の声につられて、思わず振り向いてしまった。白衣の襟元を掴んでにんまりと笑っている。青年の身長は自分より遥かに高い。捕まっている研究員からしても同じ様なものだ。床に足がつかずにじたばたと暴れているのが見える。
「ちっ、この野郎……来る度狡賢くなるな……」
 それでも、この大人ばかりの空間で日々難解な事ばかり考えているよりは、同じ年頃の相手と会話できるというのは、少なからず救いである事に変わりはなかった。
 
Extra Scenario - Shape of SURGE CLINA
 
 白衣を来た選りすぐりの研究員数人が囲むカプセルは、レブナンス国軍の監視下に置かれた地下研究棟の最深部に設置されていた。暗い部屋の中に、青緑の光を発するカプセルが複数並んでいる。中身はどれも、白い生き物で埋め尽くされている。水泡が浮き、頂上に行き着くと割れる。
 無色透明の標本を見ているような、人の目を奪う光景だ。最初の内は数回気を取られて作業の手が止まる、なんて事もしょっちゅうだったが、今となっては慣れてしまった。時々見上げては様子を見るくらいだ。
「これが人工迷彩? 確かに雪原じゃ見えねえだろうなァ」
 佐官の軍服を着た青年が口笛を吹く。予想通り、彼の好みであるようだ。端のカプセルの前にへばりついたまま離れる様子はない。体毛の白い、幼い子供に魅入られているようだった。
 困った事になった。これから彼をそのカプセルから、引き剥がさなければならない。他の研究員は皆他人事のようにその場を離れてしまっていた。何より、彼の言葉を借りるのであれば、彼は『上官』だ。到底口答えできる立場ではない。
「ブラッド、それは最重要……」
「すンげー可愛いな、コイツ。あ、こっち見た」
「ブラッド、そいつの事は忘れろ」
 試しに声を掛けてみるも、全然聞いちゃいない。俄に嫌がる子供の頭を撫で回しながら、満足げに笑っていた。無理矢理引き剥がそうものなら不貞腐れて口も利かなくなるだろう。それでは困る。彼には完成した『武器』を使いこなして貰わなければならない。
 腕を組み、目を瞑った。聞き分けの良い男のはずだ、言えば分かるだろう。言葉を選ぶ。
「ブラッド。……そいつはまだ調整中なんだよ、またすぐに寝かせる」
 きょとんと目を丸くし、青年は溜め息混じりに子供を床に降ろした。子供は、青年の服の裾にしがみ付き、重たそうに頭を彼の足へぶつけた。ブラッドが慌ててそれを支える。
「うお、危ない奴だな。そのうち壁に頭ぶつけるぞお前」
「言っても通じないぞ。簡単な情報しか入ってないんだ、そいつの頭には」
 ブラッドが口篭もった。気持ちは分かるが、自分の立場を考えたら文句の一つも言わせるわけにはいかない。それを察したのだろうか。ブラッドは視線を逸らし、子供の頭を撫でる。
「……可哀想になァ、また閣下かよ」
「お前がそう思うのは、自由だろうけどな。それは人間じゃないんだよ。今は成長を止めてるが、そろそろ一気に……」
 子供と目があった。ただこちらを向いただけで、何も映してはいない眼だ。その役割は機械と何ら変わらない。敵か、そうでないものかを判別するためだけにある眼だ。
 喉元に引っかかっていた言葉は行き場を失って消えた。
 我ながら、何をしているのだろうと時々思う事がある。考えてはいけない事だ。
「コイツ、俺が名前つけてもいーい?」
「勝手にしろ」
 半ば投げ遣りに答えた。何の意味もない事だと、分かっているのだろうか。強制的に弄った肉体が、そう長くもつとはあまり思えない。不自然な物が自然に敵うはずがない、というのは持論だ。その子供にしても同じ事が言える。
 所詮使われて散っていく人形でしかない。造形美に拘ったところで、何の価値もなく戦場で壊されるだけに過ぎない。皇女が開発を進めているという、薬を投与し続ける事で生かす、薬に耐えうる肉体。
「もって、3年てところかな」
 薬なしでは生きていけないだろう、彼らは。主の命令に忠実に従い、その認識能力の低さ故に自分の出生と運命を知らずにいられる、そんな兵器。それを安く作る国家。
「残酷だなあ……」
「なんだ、俺が言ってやろうかと思ってたのによ。狡いな姐さん」
 自分で造った物を、破壊目的で使われるのはやはり気分が良いはずがない。気に入ったとなれば、尚更だ。子供に気に入られたのか、彼の足下にしがみ付いたまま子供は離れない。
 拘ってはならなかったのかもしれない、造形美など。
「名前、自分でつけりゃあ……最低、俺ァ忘れねェよ」
 ブラッドが、いかにも不機嫌そうな表情で口にする。
「……そうか」
 自分に従い、自分に余計な口答えをする事のない、自分だけの人形を造っているような感覚だった。今もそれは変わらない。周囲を取り囲む無数の視線は、皆監視カメラと何も変わらない動作をするのだ。
「私は、何をやってるんだろうな」
「さァね。名前、何がいいかねェ」
「妙な名前をつけるんじゃないぞ」
「分かってらァ。決めたら姐さん、情報書き込んでくんね?」
 気楽なものだ。何も考えていないのではないかと、時々疑いたくなる。
 全て理解した上で敢えて楽観的な風を装っているのなら、とんだ切れ者だ。彼がどっちであるかなど、自分には興味がない。
「……勝手にしろ」
 それを聞いて、ブラッドは。
 曖昧に笑った気がした。

2006/02/16