Novel

SHORT-SHORT
Waste of Time

「はあ、家出?」
 またかとでも言いたげな表情でスヴェルは溜め息をつく。
「暫く置いてくれ。……っていうか、断られても居座る」
「勝手にしろ」
 その視線を気に留めず、適当に空いた場所に座り込んだ。いくら本来の居場所が居心地が悪いとはいえ、外にいるのは流石に冷えが辛い。

Waste of Time

 頼る伝手もなく、渋々仲間内で斥候を務めているスヴェルのところへ来てはみたのだが。
「忙しそうだな」
 露骨に嫌そうに、男は答えた。
「誰かさんのお陰でな」
 無数のケーブルに囲まれて、慎重に無線のチャンネルを合わせているように見えた。かつて生まれた国を元に戻そうと奮闘していると言えば聞こえは良いのだろうが、実際は隣国レブナンスを交う情報を盗聴するためだ、としか言えない。
 それが良い事であるのか悪い事であるのか判断するのは、少なくとも自分ではない事を理解している。
「何か新しい情報は入ったのか」
「これといって何も――いや、あるな一つ」
「どんな?」
「見知らん異人がいる、ってやつな」
 その事か、という言葉さえ声に出なかった。元々はそれが原因で家を出てきたようなものだ。素性も知れない、それも人間かどうかも疑わしい生き物を拠点に入れるヘイズの気が知れない。
 見合わずお人好しなのか、単に放って置けないだけなのか。恐らくどちらもだろう、飢えた子供を拾っては匿っているような男だ。それが例えば行き倒れの男に及んだところで、今更何も変には思わない。
 そのはずだが。
「何が不満なんだ、お前」
 スヴェルの一言が厭に核心を突いている。
 いつもの事だと諦めているように見えるから、余計に性質が悪い。尚更答えるのが億劫になる。
 知っていてからかわれているというのなら、このまま黙っている訳にはいかないのだが、どうにも返す言葉が浮かばない。
 ヘッドホンをテーブルの上に放り、男は机の上に足を投げ出した。
「ま、いんだけどよ。ヘイズは昔っからああいう奴だからな、諦めろ」
「……何で僕が妥協しなきゃいけないんだ」
「何でアイツの周りは頑固ばっかりなんだろうな」
「知った事じゃない」
 暗にフローズの事を指しているのか、己の事を指しているのか分からなくなった。どちらでも良いと言うのが本音だろう。間違ってはいないと思う。そこにいるスヴェルも同様だ。
「腹、減ったな」
 既に外は暗い。大口を叩いて出てきた以上、下手に外をうろつく訳にも行かない。密偵がいたっておかしくないような場所だ。摘発されては困る。
「スヴェル」
「なに」
「飯……」
「ねえよ。ここは中継所だっつうの、お前何しに来たんだよ」
「飯、ないのか」
 考えてみれば、ヘイズが帰って来たのは夕方だ。配給が時間に間に合わずに、今手元にあるだけになっていたような記憶もある。となれば家に戻らなければ、飢える。一食抜いたところで大した事ないだろうが、これが数日続けば危うくなるのは目に見えている。
 しかも運が悪い事に狙撃班配属だ。集中力が途中で切れれば命取りになる事を理解している。
「まずいな……餓死する」
「自分で作れよ、それくらい」
「その前に配給が届かなくなる。意外と意地が悪いから」
 元を断たれたら終わりだ。言いたい放題吐き捨ててきただけに、戻るのが躊躇われる。何もなかったように戻ればからかわれるのが目に見えている。
 どうしたものだろうか。スヴェルの方を仰いでみたが、何も反応はなかった。
「……なるようになるか」
 拠点である本部は少し歩いた場所にある。段差と坂道を一つ隔てた場所にある――傍から見れば拠点とは思えないだろう、極普通の家がそれだった。
 扉を睨んだ。薄く灯りが漏れている。ノブに手を掛けようとし、退けた。自分で押さずとも、扉は勝手に開いた。仏頂面の大男が入口を塞いでいる。何か一言言わねば入れなさそうだ。家の奥では興味無さそうに、赤い視線が揺らいだ。
「……ヘイズ、飯食わせてくれ」
 男は、口端に薄く笑みを浮かべながら言い放った。
「断る」

2006/04/12

直訳「時間の無駄」。mixi初出。寝惚けながら打ってたんですが、敢えてそのままに。
桐矢さん:「婿に来い」の挨拶の返答、星見さん:「俺は薄味だ、文句あるか(`・ω・´)」