Novel

SHORT-SHORT
無理お題

1.嘘なんですけど
Case: Quive Tremble

 静かに扉を開けようと、取っ手に手をかける。指が微かに震えている様を見て、自嘲した。緊張しているのだ。
 訳もなく、それは無様でしかない。誰かの目に留まれば馬鹿にされるのが、目に見えている。だからこその緊張だ。かけていた手を一度離し、深呼吸する。動悸が激しく、呼吸の粗さを自覚した。とんだ小心者だ。
「おう、なーにやってんだクイーヴ」
「……!」
 ぽんと肩を叩かれ、思わず仰け反った。相手の方が寧ろ驚いているようであった。振り向くと、ぱっと手を離して目を丸くしている金髪の男の姿が、視界に入った。
 暫く不思議そうに見張っていたかと思うと、にんまりと笑んだ。
「ははーん、お前も怖いのか、アレが」
「悪いことじゃないと思うけど」
「うん、まあなァ。俺も怖い」
 腰元に手を当てて男は溜め息をついた。ブラッド・バーン・ブレイズ。その名が示すのが、この旅団の長である彼だ。一目では到底階級の高い軍人には見えないが、それなりの風格があると分かるのは付き合いがそれなりに長くなる所為だろうか。
 溜め息混じりに、ブラッドを一瞥した。それ以上会話に踏み込んでくる様子はない。
「エイプリルフールなんて……リブレに話し掛けでもしたら、恰好の餌食になるな」
 エイプリルフールという、冗談に塗り固められた一日を考え出した奴を罵ってやりたいくらいだ。よりにもよって頭の切れる優秀な参謀が、ここにはいる。どんな嘘が出るのか覚悟しないはずがない。
 ブラッドが扉の取っ手に手をかけた。扉は難なく開き、廊下の数メートル先には薄暗い格納庫が広がる。その先に見えるのは、白い雪原を一望できる大きな窓ガラスと、脇に作られた会議室だった。向かい側には給湯室と仮眠室が一緒に作られている。完全に隔離された棟であるからそこ、全部が備えられていた。
「おーっす、おはよう」
「遅えぞ、薄ら馬鹿」
 軽く手を上げて挨拶を交わすブラッドに応じたのは、格納庫の隅で機械を弄るヘイズだ。動作はぎこちなく、画面と睨み合いをしている理紀も同様に手が時々止まっているようだった。それもそのはずである。
「やっぱ皆こえーんだろうな……」
 リブレの姿はまだ見られない。幸いなのだろうか、それとも不運なのだろうか。どちらを考えてもキリがない。
 冷える空気が入り込み、足下の温度が下がる。振り返ってみれば、渦中の青年はそこにいた。
「ああ、おはよう御座います。団長、姫様が呼んでますよ。なんでも、第12旅団の処遇について話があるそうで」
「ふむ、ちょっくら行ってくらァ」
 ひらひらと手を振って、旅団長は早々に出て行く。
「処遇? 今更なにか変わるのか?」
「ええ、多分」
 問い返すと、リブレは笑んだ。前よりは酷くはないが、薄給に変更があるようには思えない。民衆優先のため、暫くの辛抱だと彼女自身が述べた所為もある。その前提がある以上、今更何か別の優遇があるとも思えない。
 それともまさか。
「リブレェ! くっそ、俺が馬鹿だった! 途中で思い出して良かった!」
 足音を立てて戻ってきた旅団長の叫びがこだまする。ばたんと勢い良く開いたらしい扉が、外の冷たい風を吹き入れる。やはり嘘だったのか。
「リブレ、謀ったなコラ!」
「失念してる方が悪いんですよー、あの程度なら別に悪質じゃないでしょう?」
「嘘に善良も悪質もあるか!」
 ブラッドが襟元を掴む。元凶のリブレはといえば、素知らぬ顔で仕事を始めようとしていた。自分も餌食になりたくなければ、それに従った方が良さそうな気がしてならない。
 この大人達にはどうも付き合っていられない。

2.拒否反応
Case: Rage Kurogane with Haze Dexis @ GUNBLITZ

「昔話を聞かせてやる、暇潰しに聞いていけばいいさ」
 人の良さそうな笑みを浮かべて男は続ける。
「これもまあ、何かの縁だと思うんだ」
 確かに、そうそうお目にかかれるものではないだろう。アルビノという異端児は。
 不気味がるわけでもなく、単なる好奇心で情報を聞き出してくる様子もないので、渋々ながら世話になっている。それだけの話だ。別に頼んだわけではない。
 借りを返そうにも、自分にできそうな事などいくらも残らない。できる事、といえば。せめて相手の気が済むまで話を聞く事くらいだ。
「気付いた時はもう、いたんだよ。あの女は」
「幼馴染か」
「さあな。物心ついた時は商船だったし。その頃からいたから、強ち間違っちゃいねえがな」
 適当に相槌を打つのも、実を言えば得意ではない。人と話すのは苦手だ。いちいち気を使う事が苦手であって、それゆえに口を利くのも億劫だ。気を使われている現状が、尚更疎ましい。構わず話したいのなら勝手に喋ってくれれば良い。
 ただ聞くだけ、というのは非常に楽だ。男は無言の内にそれを理解したかのように振舞った。
「座りゃあいい。お前起きてからアレきり、警戒してて全然寝てないだろ」
 言いながらソファを指す。警戒からではなく、眠る必要を感じなかっただけだ。それよりも、まず。
「……保身を、理由に持ち出してはいけないのか」
「いや、まあそれならそれで、俺ぁ構わねんだけど?」
 苦笑混じりに手を振って席へと促される。それで黙るなら、別に構わないだろうと渋々ソファへ腰掛けた。誰かと会話したくて仕方ないといった素振りで、黒髪の男は続ける。
「お前程……そうだな、白くはなかったな。金髪だった。でもやっぱな、眩しそうにしてんだよ。あんまりあちこちぶつかるもんでおかしいと思って見てたら……結果としては、お前と同じだったわけだ」
「眼皮膚白子症」
「そう。色素が薄いんじゃなくて、ないんだってな。まあ、視力の問題さえクリアしちまえば、気にする事もなかったんだけどよ」
 曖昧に視線を逸らして顔を伏せた。言い出しておいて、途中で放棄するつもりだろうか。迷惑な話だ。だからといって先を聞きたいと急かす気分でもない。同時に、それとなく先を聞いてはいけないような気がしていた。
 大男が次に口にした言葉は、予想通りのものだった。
「迫害っつうのか、気に食わない連中がいるモンなんだな……こういうのは。俺はあいつの事ァヒトとして嫌いじゃあ、なかったんだけどな」
「そういう話は……聞きたくない」
 吐き捨てると、男が目を丸くする。その様子はまるで訝ったようだった。何か言いた気に視線を交わした後、すっかり黙り込んだ。口元に手を当て、膝に肘をつく。
 深く溜め息をついて、考え直している風にも見えた。
「いや、悪かった」
 唐突に言葉を投げ、再び黙する。
 この男は、自分の予想の範疇にあって、稀にそれを逸脱する言動を見せる。理解を示さない風を装って、実際に自分に関してそれだけの関連情報を握っている。理解者が欲しいわけではないが、彼に関しては少し気に掛かる事があった。
「名前は、何と言った?」

3.疲れます

Case: Jusca with Ira Revnance

 レブナンスの唯一の姫君である主人藍羅の様子がおかしい事に気付いたのは、ほんの数分前の事だった。普段の有言実行ぶりに独特の、歯切れの良さはどこへやら。ぎくしゃくとした動作に違和感を覚えざるを得ない。
 コンソールを叩いていた指は止まり、スクリーンを流れるように眺めていた視線もそのうちそこから外される。
「どうかなさったんですか、姫様」
 とりあえずの言葉を投げかけてみると、わなわなと震えながら皇女は叫ぶ。
「なんッで、あたしがこんな事しなきゃなんないのよ!」
「ま……まあまあまあ! 落ち着いて下さいってばあ!」
「落ち着いていられるわけがないでしょ」
 机に拳を叩きつけ、藍羅は立ち上がる。簡素なつくりの鉄パイプでできた椅子が引っ繰り返った。軽かったからこそ派手な音は立たなかったが、充分驚きに値する。
 藍羅は呼吸を荒げてその場に仁王立ちする。艶のある長い髪も、適当に束ねているだけで今となってはボサボサだ。濃紺の瞳を伏せて深呼吸している様が見えた。
「大体ね。外が騒ぎになるほど荒れているというのに、どこの呑気な王が塔の中なら絶対安全だなどと言えるのよ、あたしは買った安全なんて御免だわよ。そんなものが必要ない状態こそが安全だ、と称するに値するのよ。違う?」
 正論ではあるのだが。これはどう、宥めたものだろうか。まさか彼女自身が大逆を犯すとは思わないが、万が一の事があったら酷だ。自分が抑えなければならないと、そう命じられていたし、そうあるべきだと思っている。
 絶対の悪というものが存在しない以上、誰しも目の前にある虐遇が必ずしも間違っているとは言い切れない。そこまでは流石に学のない自分でも、理解しているつもりだ。だからといってそれを許せるほど良心が霞んだわけでもない。
「僕はどうしたらいいんでしょう」
「自分で考える事ね。最善の判断なんてその時々で変わるもんだわ」
 逆鱗に触れないよう、無難な言葉を選んではみたが、藍羅の対応は相変わらず刺々しかった。
「でも。そうね、ジャスカ自身が決めればいい事だわ。あたしは必ずしも父上が馬鹿だとは思ってないもの。愚かにも人道にもとらない考えをしただけよ」
 言葉にする前に内心で下らないと卑下したようだ。判断しかねる胸中は察するし、同情も禁じえない。
 とはいえ、この有り様はどうだろうか。彼女がヒステリー一つ起こす度にビクビクしなければいけない、この有り様は。
「姫様ァ、民最優先なのは分かりますが、もうちょっとは臣下の事も考えてやって下さいよ~」

4.二度と見たくない
Case: Nuklier Breezy with Blood Burn Blaze @ before GUNBLITZ

「ヌク、おるすばんしてる」
 言うと金髪の旅団長は眉を顰めた。子供だからと心配される道理は、幼いながらに分かっているつもりだ。度を過ぎた主張は疎まれると理解しているから、彼らに迷惑のかからないよう、大人しく努めている。
 会議室の椅子に納まっていると、隣にしゃがみ込んだ大男が複雑な表情でこちらを見上げてくる。
「おいおいヌクー、お前それでいいのかー?」
「うん、いいの」
「お前さんの事だぞ?」
「ヌク、きめらんないもん。団長がきめて?」
 溜め息混じりに、頭を撫でられた。頭を撫でて貰うのは嫌いではない。それが好意を示しているからこそ、得られる安心感がある。今まで孤独に浸っていたからか、それが嬉しかった。
 他の師団から切り離された第12旅団は、他国に配置している旅団や国内に停留している旅団の数字を継いだ物であった。だが、その実体は全く異質の物である。第5師団と同等の戦力を持っていながらにして、所属している軍人は数える程しかいない。それどころか片手で足りてしまう有り様だ。
 つまるところ、旅団とは名ばかりで超がつく程の少数精鋭部隊であった。実力はこの国の第3師団を名乗るに足る。と、そう聞いたのは旅団長の男と親しい研究員からだっただろうか。難しい話は右から左へと突き抜けてしまったが、とにかく凄い、という印象が残った。
 目の前にしゃがみ込んだまま、こちらの様子を伺っていた旅団長が渋々立ち上がる。
「まァ、いンだけどさ。後で泣くなよ」
「なかないもん」
「どうだかな。ヌク寂しがり屋だからな」
「なかないもん」
 あの時以上の惨劇を、もう目にする事もあるまい。だからここに連れて来たのではなかったか、彼は。
「拗ねるなよ、俺が泣かしたみたいだろ」
「団長がヌク、まもってくれるんだよね? ヌク、団長がこわいもの、やっつけてあげる」
「へーえ?」
 悪戯に笑んで、男は会議室に背を向ける。背後に控えていた黒衣の女性に向けて苦笑を投げる。見上げてみれば、彼女も同様にこちらを見下ろした。
「じゃあちょっくら閣下ンとこ行ってくらァ。姐さん、暫くヌクリアを宜しく」
 内に眠る不安も焦燥感も、彼が近くにいればそのうち忘れられるに違いない。
 ここはそういう場所ところだ。

5.心から嫌いです
Case: Ricki Gravit with Libre Analess @ GUNBURST

「どうしたんです」
 いつもの冷静な声音が背後から降りかかる。前方の騒ぎに挟まれるように理紀は立ち尽くした。どちらの味方をしたら良いか、図りかねている。どちらかを選ぶのもあまり好ましくはなかった。
 冷淡な表情を隠すように、薄茶の髪が無造作に撥ねていた。それを見ている気分は、どちらかを選ばなければならないのだ、と無言で急かされているに等しい。
「なんで、そんな事したのかなって」
「僕ですか? 仕方ないでしょう、タイミングが悪かっただけで」
 彼にとっては旅団長という人間も、その程度でしかないのだろうか。前の配属先ではどうだったか、新入りの自分が知る由もない。目の前の青年、リブレは薄く笑んだ。
「善は急げと言うけれど、焦りは禁物なんですよ」
 それだけの理由でまとめられてしまう団長が不憫でならない。
 数人掛かりで押さえ込まれ、酷く殴られて昏倒していると聞いた。今では地下牢に閉じ込められているだろう。あの白い魔人と一緒に。叛逆した姫君も捕縛こそされていなかったが、同様の扱いだ。フローズがそれを見張っているはずだろう。
「でも、だからってあんな事するなんて、思わなかったッスよ。僕はどっちを信じたらいいか、分からないや」
「理紀」
 呼ばれて顔を上げると、冷めた視線と行き違った。
「賢明な判断を頼みますよ。団長が単なる考えなしの馬鹿であれば、今まで僕が見てきた愚図らと何ら変わりない。そうではないと思ってるからこそ、なんです」
「つまり、リブレさんは馬鹿は嫌いだと、そういう事ですか」
 言葉を否定するでもなく、かといって肯定もしない。普段の笑みを満面に浮かべ、彼は告げた。
「嫌いです」
 自分自身、彼の言わんとしている事が分からない程、他人の思うところが分からない人間でもないはずだ。ただ信じ難い不安という感情が邪魔をしている。
 停滞という安泰を取るべきか。不安を除いて革新を取るべきか。
 答えは最初から決まっていただろうに、言う人間が違うだけでこれほど心配になるものなのだろうか。
「分かった。まず僕から皆を説得してみるッス。僕で駄目だったら、その時はリブレさん自身がどうにかして下さいね。僕はそこまで優秀じゃないから」
 その笑顔に騙される人間は、もうこの旅団内にはいやしない。
 リブレは変わらず薄い冷笑を浮かべて、一言置いて行った。
「安心して下さい。生憎、そんな愚者はここにはいませんよ」

2006/12/16

お題配布元: Theme
拍手に置いていたSSS。
理紀とかもうどう頑張っても超ネタバレでどうしようかと思っていた記憶があるんですが。
うーん今見ると随分やっつけだ…。