Novel

SHORT-SHORT
Out of Ordinary

「ブラッド、そういえばお前誕生日が近いんじゃないのか」
 唐突に彼女は口を利いた。彼女の唐突ぶりと気分屋なところは、別に今に始まった事でもないのだが。また己のルールに従って口を利かなくなった、と思った途端にこれだ。彼女のルールはあまり信用できたものではない。
「何か欲しい物とかないか? 何でも良いから言うだけ言ってみろ」
 クリップボードを抱えながら、研究医サージェ・クライナは笑う。本当に何でも良いのだろうか。
 押し黙ると、サージェは少し不満そうに続ける。
「なんだ、期待損は御免てところか?」
「いィやァ、そういうワケじゃねンだけど……」
 相手の機嫌を損ねてしまっただろうか。結んでいたはずの靴紐が、あまりの驚きで絡まった。ともかく彼女がこういった好意を見せるという事が珍しい、ということを自分以外知る人間がいるのだろうか。
 否。誰もそんな事、気にしたことがないのだろう、で答えは決定だ。
「うーん」
「ヒヨコ。言えないようなものなのか」
「……アホか。言えないような物、普通人から貰いたいと思うかね」
「じゃあ言ってみろ」
「枕、抱き枕がいいな」
 サージェが固まった気がした。
 だから言いたくなかったのに、と内心毒づいた。

Out of Ordinary

 眠たげな表情で書類をまとめる青年に、軽い挨拶を交わす。滅多に見られない物を見た気分だ、という独白は内にしまっておく事にして。青年は満面の笑みを浮かべたかと思うと、こちらを睨み、ドスの利いた声で呟いた。
「良いご身分ですね……いっぺん死んできて下さい」
 寒気がした。体の芯から来る恐怖が全身を巡る。今日はこれ以上、何も触れない事にしようと本気で考えてしまう。仕事がある以上、それは敵わない事だと分かった上での考えだ。
 粗方片付けは終わったのか、青年リブレはアイマスクと毛布を片手に、部屋の隅のソファに転がった。不機嫌そうな事には変わりない。当然ではあるのだが。
「よう、色男。少し相談がある」
「姐さんチャレンジャー……うわー俺知らねェー、俺向こう行ってよーっと」
「なんですかァ、こんな朝っぱらから」
 古くなり、角の折れ曲がった雑誌でさらにガードするつもりだろうか。頭から被ったまま起き上がる様子はない。あくまでこちらの方が年上であって、なおかつ先輩だ。
 だが。
 下手な口を利く気には、到底なれなかった。彼の恐ろしさはたった今、身を持って思い知った。邪魔をすれば殺されかねない、と本気で思う程だ。それにも関わらず、サージェは明るく振舞っていた。
「そこのヒヨコが誕生日近いじゃないか、皆で何か……」
「寝て良いですか」
「待て、まだ寝るな。そこの馬鹿は枕が良いとか言い張ってな、もっとマシな案はないかと聞きに来たんだが」
「あ、姐さん、馬鹿って何だ!」
 サージェがこちらを指差して無理矢理話を続ける。ソファに転がっていたリブレがアイマスクを取り、微笑んだ。何か見てはいけない物を見てしまったような気がする。彼の周囲の空気が黒く染まったような、錯覚。
「いいですか? 僕は団長らが現場に赴いている間に、徹夜で会議室中に散らばってる書類、未処分の物から処分済みのものまで、片っ端から片付けてたんです。ついさっきそれが終わったばかりなんですよ。会議後からずっと、ついさっきまでですよ。と、い・う・わ・け・で。寝てもいいですよね? 文句がなければ寝ますよ」
 文句がなければではなく、言わせないの間違いだと思う、とは口には出せない。サージェの笑顔も彼の毒の前にはあっさりと遮断されてしまった。暫くそのままの体勢で固まっているサージェを、どうしたものか自分には良いアイディアが浮かばない。
 とりあえず、リブレの安眠の邪魔でもしようものなら、例の暗器で刺されようが抉られようが自己責任物だ。それだけは避けたい。
「意外と苦労してるな、ブラッド」
 溜め息混じりに苦難の声が聞こえた。リブレの不機嫌さは思い知っただろう、彼女も。
「……分かってちょーだい」
 思わず肩を竦めた。そう、誰もこの苦労を理解してはくれない。
 そもそも、枕が欲しいと言ったのはちゃんとした理由がある。何を勘違いされているのかまでは分からないが、自分が知る限りでのサージェの想像というものは、大抵根本から何か思い違いをしているところがあるといった具合だ。どうしたものだろうか。言えた雰囲気でもない。
「徹夜明けのリブレに喧嘩売ったんだってなァ?」
 本部からの報告書を広げながらヘイズが言葉だけ投げかけてくる。
「慎重派じゃなかったのか、意外と怖い物知らずな事するんだな……」
 そこには珍しく射撃訓練場へ直行しないクイーヴもいた。揃いも揃って変わった事をする。今日に限って天気が崩れたらどうしてくれよう、と本気で心配しかけたところへ、だ。
「団長、おはようー」
「あ、団長、おっはよう御座いまーっす」
 ヌクリアを抱えたまま、理紀が笑顔で割り込んできた。
「明日誕生日ッスよねえ、何か欲しい物とかないスか」
「なーんでお前が俺の誕生日知ってンのよ」
「あ、ほら個人データ登録、管理ウチの団スよ」
 失念していた。彼女はこの団における、機械のエキスパートだ。主にハードの面で、彼女の勝るメカニックはここにはいない。ソフトで唯一匹敵する人間はといえば。
 一人しか浮かばなかった。アイマスクをしたまま毛布に包まって眠りについた、優秀な秘書。
「抹消! 抹消するぞ! おいリブレ! 起きろリブレ!」
「ああっ、団長、それだけは~」
 理紀の足下にしがみ付いていたヌクリアが、芋づる式にずるずると引き摺られていく。
「リキ! お前ヌクになんて事を!」
「何遊んでるんですか団長……」
 フローズが呻いた。凛とした声も形無しだ。
 傍らで呆れているのなら手助けしてくれても良い物を、と思わないでもない。少なくとも、人畜無害なクイーヴは、無害なだけに面倒な事には手を貸してはくれないだろう。理紀を引き剥がしてくれれば良いだけなのだが。
 サージェの方を一瞥して見るものの、難しい表情を浮かべているだけでこちらの事には気付いていないようだった。目の前を白い影が過ぎる。
「あっ、レイジ、っていうか何でお前ここにいるんだッ」
 露骨に嫌そうな顔をされたが、構ってはいられない。
「まあいい、気にしない! レイジ、コイツ剥して!」
「……いやだ」
「薄情者ー、泣くぞ! 俺ァ泣くぞ、もう」
「自分でやればいい、殴るなり蹴るなり」
「うわああ、女の子にそんな事するのかッ、俺はごめんだぞ!」
「団長げんきだしてー」
 嘘泣きすれば、終いにはヌクリアに頭を撫で回される始末だ。
「大体、何で枕なんだ、薄ら馬鹿」
 腕を組み、サージェが溜め息をついた。連れまわされた挙句に、今まで説明させてくれなかったのは誰だろうか。おかげで何度嫌な目にあったか知れない。
「余計な一言が聞こえたよ姐さん……」
「理由を言ってみろ、言わんとその頭踏むぞ。例えハゲても責任は負えんからな」
 と、ブーツのかかとを上げた。それは拷問のようにも思える。
 何とか理紀が離れてくれたお陰で、やっと椅子に腰掛ける事ができた。会議室の隅で寝たままのリブレは起こすつもりはない。勝手に起きてくるまで近付かない方が身の為だろう。
「なァーんかさー、皆勘違いしてるだろ。いや確実にしてるよな……」
 何となく想像がつくのだが、恐らくそれはサージェの思っているものその通りだろう。一度彼女の頭の中を見てみたい。
「この前ヌクと理紀が俺ン家来て枕投げしてってなァ、持って行かれたまんまなんだけど」
「あ、そういえばそうだったかもなあ」
「そういえばじゃないだろリキ、ホレ思い当たる節たくさんあるだろ、お前どこに投げたのよ」
「言われてみれば、団長、仮眠でも何か抱えたまま寝るよな」
「それよそれ、それなのよ。何かないと落ち着かないわけよ」
 クイーヴが思い出したように呟く。分かっていたのなら早く助言してくれても良い物を、と思わないでもない。フローズが怪訝そうな顔をしていた。自分が仮眠室を占領している間、大抵起こしに来るのはいつも彼女のような気がするのだが。
「レイジがうつ伏せで寝る癖あるのは、俺は知ってたけどな……あいつしょっちゅう転がってるから」
 ヘイズが唸っていた。
 レイジに関してはどうだか分からないが、リブレがそこで丸まって寝ているのも、同じ様なものではないか。それを軽蔑の目で見るのは明らかにおかしいと思うのだが。
 敢えて言葉にしようと思うと、喉元で詰まるような相手だ。
「姐さん、何か俺に対して根本的な勘違い、なァい?」
 笑みかけて見るものの、顔が引き攣るのが自覚できる。見れば分かる、明らかに信用がない。サージェはいつもの無表情で口を開いた。
「いかがわしい使用用途なら、これは奪うべきだと思ってな」
「ちょっ、なんですって! 何に!?」
「それこそ言えないような用途で」
「姐さん……マジ、泣いていい?」
 どう思われているのか知った事じゃないが、と言いたいところだったが流石に訳が違う。レイジほど淡白にはなれない。当の本人は寝惚け半分なのか、あまり話を聞いていないようにも思われた。
 サージェが口元を押さえたまま唸っている。次に出てくる単語がどういったものなのか、ハラハラせざるを得ない。沈黙を破り、彼女は続けた。
「仕方ない、何か見繕ってやろう」
「よっし、姐さんホワイトデー期待してもいいよ?」
「疑問系なのか」
「うん、疑問系だけど」
 ただでさえ薄給だ、出費は痛い。これで少しは得した。
 と、思った瞬間に横腹をどつかれた。予想通り、相手はサージェだ。どつかれた部位が痛む。全く持って容赦が無い。レイジと比べても遜色ない程だ。
「よしじゃない、仕事しろ。部下が忙殺されてたろう」
 そして予想通りの言葉を次ぐ。
「姐さん分かってないなあ、アレはリブレのサービス」
「はあ、あのリブレが」
「デスクワークはやっておきますから外何とかしてきて下さい、って昨日追い出された。締め出し喰らった上に、一日間違ってるけど」
 気の利かないリブレなりに、仕事を減らしてくれたのだろう。有り難い事だ。これがもし普段通りなら、全部押し付けられて終わるところだ。それだけの量を軽々と回してくる藍羅も藍羅だが、彼女の方が大変だろうと考えるとそうも言っていられない。
 サージェが目を丸くして感嘆の溜め息をついていた。
「そんなものなのか」
「そんなもんなのよ」
 癖のある部下をまとめるのがいかに大変か、皆あまりに理解がなさすぎる、とは思わない。が。たまには気を使われるのも悪くないのかもしれない、と何気なく思った。
「あー、いつもこうだといンだけどなー」
「無理な期待は止めた方がいいぞ」
「……ハイ」

2006/02/20

団長は冬生まれだというどうでも良い会話から始まったネタ。