GUNBURST

ACT04 Grey Hound [ burst_04 ]
No. キャラ 台詞、状況

 長い眠りから目を覚ますと視界に入ったのは一人の少女だった。見慣れない黄色肌の『人間』に警戒して口を閉ざし、少年は掛けられていた布団を掴む。

 それに呼応するように少女が顔を覗き込んで目を丸くした。

001 藍羅

「ねえ、君ブラッドが拾ってきたらしいんだけど、どこの出身?」

002 ブラッド

「姫さん、確か俺言ったよな? 南東の……」

003 藍羅

「アンタには聞いてない。あたしはこの子に聞いてるの。ここ北大陸中央のレブナンス。そこより南?」

 少女の背後に見えるテーブルに置かれた本には見慣れない文字が乗っている。文字は分からないが、公用語だったら日常語だ。

 知っている限りの土地鑑を引っ張り出し、少年は恐る恐る口を開いた。

004 ジャスカ

「えと、エアドレイドっていう貴族の治める小さい国……」

005 藍羅

「じゃあ南か。南から来たんだったらここ、寒いでしょ。何で国境で倒れてたか聞いても良い? 瓦礫ばっかりで大変だったでしょう、ブラッドも酷い男ね」

006 ブラッド

「姫さん、俺だって壊したくて壊してるわけじゃ」

007 藍羅

「お・黙・り。ただでさえ足りない国家予算を無駄に食い潰してるのは誰よ、誰」

008 ブラッド

「……政治政治で可愛くない子供……何をそんなに焦ってんだかなァ」

 後方に立っていた金髪の男が情けなく呟き、頭をかく。

 少年はぼうっとした頭で周囲を見回し、状況の確認に努めた。無機質な白の中に簡素な造りのベッドが一つ、視界には小さなテーブルと、少女が座る椅子。

 小さい二重窓の外には露が滴っている。

009 ジャスカ

「エアドレイドの王子……三人いるんだけど、そのうちの一人と間違われたみたいで、なんだか大騒ぎになって」

010 藍羅

「言われてみれば、末っ子公子にそっくりね」

011 ジャスカ

「逃げないとと思ったら、それから何も覚えてないんです」

012 藍羅

「……ブラッド、アンタ何かやったでしょ。どっか壊したりとか壊したりとか壊したりとか!」

013 ブラッド

「俺は国境の騒ぎ、鎮圧しただけだもーん。保護はしたけど拾ったのは姫さんだしよー」

014 藍羅

「もーんじゃない! アンタがカワイコぶったって気持ち悪いだけ! で、君、名前は?」

015 ジャスカ

「あ、え、名前? 名前……」

 聞かれて咄嗟に浮かぶ物がなく、曖昧に視線を逸らす。少女はそれを察して肩を竦めた。

016 藍羅

「もしかして、ないの?」

017 ジャスカ

「ちょっとそこの坊主とか、何丁目の黒猫の息子とか呼ばれてたから……ああでも、近所で子供集めて育ててたおばさんは、ジャスカって。エアドレイドじゃ、王族以外苗字ないんです」

018 ブラッド

「よくそんなんで区別付くな。俺だったら一発で間違える自信あるぞ。まあ俺も似たようなもんだけど」

019 藍羅

「そういうのは名前って言わないわ。仕方ないなー。……ジャスカ・エアドレイド、それで自分の国も忘れないでしょ?」

020 ジャスカ

「ジャスカ・エアドレイド……」

 反芻し、呟く。個を特定する固有の名前という存在が嬉しかった。

 満足そうに少女は笑みを浮かべ、テーブルの本を手に取る。

021 藍羅

「まあ、ブラッドの破壊の件はともかく、無事で良かったわ。余計な死人は出したくないし」

022 ブラッド

「俺ァお前さんに忙殺されそうなんですけどねェ……俺も姫さんに心配してもらいたいなー」

023 藍羅

「アンタは論外。いつまでも油売ってないで仕事しなさい」

024 ブラッド

「手厳しい! 差別!? 差別じゃないのコレ!」

025 ジャスカ

「あの……何で助けたんですか」

 目を丸くして、少女は笑った。

026 藍羅

「理由なんて思いつかないわよ」

027 藍羅

(タイトルコール)

 GUNBLAZE第二章 GUNBURST、ACT4「Grey Houndグレイ・ハウンド

 廃倉庫を出てから既に結構な時間が経過した。冷えと夜明けの日差しに目を細める。周囲の殺気だった気配に歩む足を緩め、歩幅を狭める。

028 レイジ

「……待て」

029 藍羅

「何よ、今は急いでジャスカを探すのが先決でしょ。何かあったら……」

 不意に呼びかけられ、藍羅は足を止める。落ち着かない様子で周囲を見渡す様子は、従者の身の心配とレイジの煮え切らない態度に腹を立てての事だ。

030 藍羅

「そうよあの子、文字も読めないんだわ。地図も読めないし、誰か頼るツテもないもの……早く見つけないと」

031 レイジ

「従者失格」

032 藍羅

「本人には言わないであげてね。気にしてるから」

 レイジは独り言のようにどこか納得した様子で呟き、銃弾を確認する。

033 レイジ

「伏せてろ。防御魔法は使えるか? それと、自分の心配をしたらどうだ」

034 藍羅

「護身程度ならマナがあるわ。あたしは多分、どうにでもなるもの……それより何か……囲まれてる気がするんだけど」

035 婦人

「頭の後ろで手を組んで。大人しくしていれば撃たないから」

 藍羅の懸念は現実に、女性が影から猟銃を傾けてゆっくりと立ち上がる。上手く照準が合わない様子を見ると、銃を持ち慣れていない事が分かる。

 背後に気配を感じて構える。ハンティングキャップを被った男が半ば足を引き摺るように物陰を飛び出し、顔をしかめた。

036 密猟者

「……くそ! 白い頭に赤い目の魔人、城下じゃお前の話題で持ち切りだ。何故そんなのが皇女に味方している!」

037 婦人

「およし、リカルド。コネリーの坊やみたいに痛い目を見るのは、焦った方だよ」

038 密猟者

「おいおい悠長な事言ってられないんだぞ、オムリト! 人類の敵なんだ、コレは!」

039 藍羅

「ちょ、ちょっと、まだ何もしてないじゃない」

 焦燥感を漂わせるスラムの住民相手に、藍羅は不快感を露わにする。片方には見覚えがあった。先日奇襲をかけてきた二人組の片割れだ。

 心底面倒くさそうに肩を竦め、様子を見張る。

040 密猟者

「姫さんもな、俺達がアンタを攻撃しないなんて呑気な考え持つんじゃないぞ。俺達だってアンタらがいなければ、今頃普通の生活していたさ」

041 藍羅

「どういう事よ」

042 レイジ

「構うな」

043 密猟者

「民衆が飢えて、食うに困るようにならなきゃ、こんな危ない綱渡りなんてしなかったさ。そのくせ規律だなんだってな、おかげで俺はこんな寂れたところでコソコソ暮らす羽目に――」

044 婦人

「姫様、悪いけど……そこの煩いのが言ってるのは本当の事なんだよ。お国がちゃんと対応してくれたら、今頃スラムに子供が溢れてなかったろうね」

 私怨じみた嫌味の途中で女性は割り込み、レイジを睨めつける。恨みこそない相手だが、不思議と恐怖は感じるらしい。

045 婦人

「お前さんもね、つく側を間違えちゃいけないよ」

046 レイジ

「都合が良い奴らだな」

047 藍羅

「……話を聞いて下さい。私は」

048 ジャスカ

「姫様、下がって!」

 遥か後方から響く足音に振り返り、藍羅は退いた。聞き慣れた声はよく見知った少年のものだ。驚くスラムの二人を前に、赤いジャケットの少年が眼前に割り込む。

049 藍羅

「ジャスカ!? アンタどこ行ってたのよ!」

050 ジャスカ

「あわわわすんませんでした、その話は後で! それより、最初から話を聞くつもりがない相手に、何言っても無駄ですよ姫様」

051 密猟者

「フン、何を企んでるか知らないが、これ以上荒らされちゃ俺達も迷惑なんだよ。大人しく出てかないなら撃つ。アンタらの首に賞金が掛かってるのを忘れるなよ」

052 藍羅

「聞く耳持たず……ってこういう事言うのね。よーっく分かったわ」

 腹の底から怒りを帯びた声を発し、プラカードを手に取る。追放された折にブラッドから渡された物の内、攻撃用の物ばかりを選んでいた。肩を僅かに震わせながら、藍羅は含み笑いを浮かべた。

 あまりの不気味さに流石のレイジも不快感を覚える。

053 レイジ

「……おい、何をする気だ」

054 藍羅

「ふ……ふふふふ、良い度胸だわ、このあたしに喧嘩売ろうなんて! もう知らない、あたしが何したいのか聞いてくれもしないのね! ――エクストリーム!」

055 ジャスカ

「ちょ、姫様、それじゃどっかのBがいくつかつく、ヒヨコ頭の二の舞ですー!! レイジも止めろォオ!」

 懐から大量の大魔法発動用のカードを取り出し、扇状に広げる。目にも止まらぬ速さでそれらが空気中に散って行く。

 膨大な精神力キャパシティを大いに無駄に使う暴走気味の皇女を前に、従者であるジャスカは顔面蒼白になった。連続して起こる小規模な爆発に、スラムの住民も慄くばかりだ。

056 藍羅

「ブラストー! 伊達にブラッドのマナ使ってるわけじゃないわよ! さあさあさあ、文句があるなら片っ端から掛かって来なさァアい!」

057 レイジ

「契約外だ。付き合いきれん」

058 ジャスカ

「いや――馬鹿――!! 姫様、こんな暴走、悪役のする事です――!」

059 密猟者

「おいおいおい! なんてェコトすんだァ!」

060 婦人

「お前さんが余計な事言うからだよリカルド! 穏便にと思ってたけど、こうなっちゃ仕方ないね。恨みはないけど大人しくしていておくれ」

 言って女性は銃を構える。レイジは唯一興味のない素振りで、必死で押さえ込もうと藍羅の肩を掴むジャスカに向けて、一枚の黒いカードを放る。慌てて掴み、表記されている図柄を覗いた。

061 ジャスカ

「姫様姫様、聞こえてます? うわ何か投げられた! うおっ、と。これ、ホバー……?」

062 レイジ

「援護はしてやる。破壊魔を捕まえて先に進め――この先は廃棄場だったはずだ。ホバーの……操縦法は分かるな?」

063 ジャスカ

「と、当然だ! 多分! 姫様早くこっちへ!」

 有無を言わせぬ無表情に捕まって、少年は半ば泣きたい気分で返事した。暴れ足りない様子で喚く藍羅の首根っこを掴んで、強引に引き摺る。

064 藍羅

「なにすんのよジャスカ、離しなさい! よりにもよってあの連中、あたしのこと」

065 ジャスカ

「今目立ってどーすんですか。今の内に逃げますよ」

066 密猟者

「逃がすな! 追え、追え! コネリー!」

 物陰に向けて叫ぶ密猟者を一瞥し、レイジは銃を構える。思うようにならない状況下で、思うようにならない子供二人のお守りだ。それだけで充分頭が痛む。

 レイジは無言のまま、手にしたカードを火炎瓶に変換させ、空中へ放った。

067 婦人

「リカルド、火炎瓶……!」

 目を見開く女性が咄嗟に手で顔を覆った。

 宙に投げ出された瓶に照準を定め、引き金を引こうとした時だった。頭上からの狙撃に阻まれ、自分が撃つよりも早くそれは爆発した。

 イレギュラーにとっさに反応できる狙撃手がどれだけいるか知らないが、心当たりがあるとすれば一人だ。嫌な予感を抱きながら、踵を返し、未だ浮き上がらないホバーの後を追う。

068 レイジ

「狙撃……まさか」

069 藍羅

「ジャスカ、操縦! まずは起動よ、なにモタモタしてんの!」

070 ジャスカ

「やってますって、通常の規格と違ってエンジンがかからな……」

071 藍羅

「もういい、寄越しなさい!」

072 ジャスカ

「うわァ、暴れないで下さいっ……って! 前、前!」

 いくつか右手側に設置されているボタンに触れると、急にエンジンが掛かり浮き上がった。急発進した衝撃に耐えられず、ほとんど振り落とされる寸前で、やっとハンドルを握り締める。

 忽然と消えた――ように錯覚した足場は遥か遠く、眼前にはゴミ溜めが映る。

073 藍羅

「廃棄場!? ちょっとジャスカ、浮上、浮上!」

074 レイジ

「そこをどけ、壊されたら堪らん」

075 ジャスカ

「役立たず発言またきたこれ、泣いてもいいですか?」

076 藍羅

「後にしなさい、打ち所が悪くて死なないように祈る事ね!」

077 ジャスカ

「洒落にならない事、洒落にならないタイミングで言わないで下さい!」

 崖下の廃棄物が山積みにされている一角に転がり落ち、豪快な倒壊音を轟かせる。幸いホバーの抵抗のおかげで、誰も怪我を負う事もなかった。

078 ジャスカ

「あー……死ぬかと思った……とんだ災難だよ」

079 藍羅

「そもそもはアンタが勝手にどこかに消えたからじゃない。もうちょっと、こう……しっかりしなさいよ。当初の予定がガラガラ崩れる音が聞こえるわ、ホント」

080 ジャスカ

「うっ。すんませんでした。――ってそれどころじゃないんですよ、姫様! 僕が拉致られてる間、旅団と遭遇してですね? 姫様の首に賞金が掛かっちゃってるんですよ! ってレイジ?」

 勝手に先に進もうと歩き始めている黒衣のアルビノに視線を傾け、ジャスカは首を傾げる。様子が少しおかしいのが気になり、静かに後を追った。

081 ジャスカ

「少し、落ち着いて作戦とか」

082 レイジ

「罠に嵌められた」

083 藍羅

「罠……? ジャスカ、さっき旅団って言ったわよね」

084 ジャスカ

「え、言いましたけど」

085 レイジ

「さっき……上から狙撃があった。逃げて来たつもりで、誘導されたようだ」

086 藍羅

「不味いわね。待ち伏せされてる可能性もあるって事か。それにしても、ここは本当……なんていうか、不気味な場所ね」

 眼下に広がる光景があまりに異質な物に思えて固唾を飲んだ。

 薄暗く足下が不安定なだけではない。所々陥没していて天然の落とし穴のようになっている。無惨に打ち捨てられている投棄物を見れば、廃棄場のように思えた。

 支柱の隙間から覗く空を見上げてみれば、早くも夜が明けようとしている。冷えたきりの空気は酷く冷たく肌を刺す。

087 藍羅

「寒いわね……もう夜明けか、どれくらい歩いたのかしら」

088 ジャスカ

「レブナンスの地下の半分は廃棄場なんじゃないですか~? 夜通し歩いてる気がするんですけど」

089 藍羅

「年々拡大してるって聞いたけど、こりゃ馬鹿にならない規模だわね。捨てられてる物だけで充分生活できるわ、衛生上の問題はあるけど。廃棄街って呼ばれるだけはあるわ」

090 レイジ

「死体なんかも投棄されてるな……恐らく、失敗作も」

091 藍羅

「まあ、研究棟ならやりかねないわね。疫病なんかが流行ってもおかしくないわね。これも、今回の件が片付いたら何とかしなきゃ。――レイジ、どう、依頼頼まれてくれる?」

 好ましくない空気を感じて足早に先へ進む。自分も意識がなかったらそうなっていたのではないかと考えると、吐き気がした。

092 レイジ

「……これを、見たらな。益々遠慮なく撃てそうだ。もう何が正しいかなんて、考えるだけ無駄な気がしてきた」

093 ジャスカ

「姫様、そっち、何かいる!」

 言われて視線を移してみると、廃棄されたゴミ袋の山が微かに動いているのが見て取れた。やがてガサガサと音を立てて崩れ落ちる。

 隙間から茶色の尻尾が二本覗き、気の抜けた子供の声を発した。

094 ヌクリア

「あー! おうじょさまだー、ヌクが見つけた! おうじょ見つけた!」

095 ジャスカ

「げっ、やな奴に見つかった! 姫様どうします?」

096 ヌクリア

「ジャスカひどいこと言った。わるいことしたらあやまらないといけないんだよ? ……でも、ダンチョよろこぶ! ヌク、えらい?」

097 レイジ

「……旅団か?」

 だぼだぼの軍服の袖がずり落ち、慌てて折り返す。全くと言って良い程、軍服のサイズが体型と合っていない。灰色の帽子を直しながら、その子供が上を向く。

 山吹の腕章に白灰の軍服。思い当たるのは第12旅団だけだった。

098 ヌクリア

「リブレのいったとおりだったね、すごいや」

099 藍羅

「偉いって褒めてあげたいところだけど、困った事になったわね」

100 ヘイズ

『見間違い、じゃなかったな。あの白頭はレイジだ。火炎瓶にはビビったぞ』

101 クイーヴ

『言われた通り、両方怪我させる前に妨害できたけど……おい聞いてるのか、団長』

 無線越しに元レジスタンスの傭兵二人が戸惑い気味に問い掛ける。金髪の大男は報告を聞きながら、腕を組んでだんまりを決め込んだ。

102 クイーヴ

『聞いてないみたいだな、まあいい。上手い具合に廃棄場に落ちたみたいだけど、誰の入れ知恵?』

103 ヘイズ

『リブレだろ。アイツどっか消えたまんま、命令違反かましてるぞ。フローズがカンカンに怒ってた』

104 ブラッド

「え、そっちにもいないの?」

 素っ気無い返答を返して再び思考を巡らす。作戦を考えたのは腹心の部下であるリブレだが、何故かそのリブレに盛大に騙されている感覚が拭えない。

105 クイーヴ

『って事は待ち伏せてるわけでもないのか。あの人、よく分からないところあるからな……』

106 ヘイズ

『腹ン中真っ黒だからな。それより薄ら馬鹿、俺達にレイジ本人だと確認させて、気が済んだか?』

107 ブラッド

「ん、ああ、サンキュ。待ち伏せ楽しみ」

108 クイーヴ

『心ここにあらず』

 溜め息混じりに吐き捨てられた言葉から、音声だけでも肩を竦める様子が分かる。それでも変わらずブラッドは戦車エアフロートの壁に寄りかかりながら頭を抱えた。

109 ブラッド

「なんっかリブレに騙されてる気がすンだよなあ。一番信用できる情報ソースはリブレが持ってるから、こええな逆に」

110 ヘイズ

『気の所為だろ、いつも騙されてるから。それよりこれからどうすりゃいい?』

111 ブラッド

「クイーヴはすぐこっちに合流してくれ。ヘイズはリブレ探し出して先回りを頼む」

112 理紀

「あれ、団長帰ってたんスかー。こっちも何も収穫なかったよ」

 能天気にぽてぽて歩きながら帰ってきた少女が、背後から呼びかける。ブラッドは一瞬びくついて、慌てて振り返った。

113 クイーヴ

『……頑張れ。精々死なないでよ、僕が面倒だから』

 抑揚のない声援を投げて、クイーヴは無線を切った。唯一縋れる救いをなくして、ブラッドは頭を項垂れる。

114 ブラッド

「あ、おい、ずるいぞ、こんな怪獣と二人っきりにさせる気かコンチクショウ!」

115 理紀

「……だよね! これを逃す手はないよね!」

116 ブラッド

「ちょっ、おま、何がよ! 勝手に話進めんなよ、分っかんねェから! ヌクはどこ行ったヌクは! お前さんに懐いてるから預けてたのに、いないじゃねェかよ」

117 理紀

「皇女様探すって言って、廃棄街の方行っちゃったよ。一人で大丈夫だって」

118 ブラッド

「よし俺ヌク探してくる。俺の癒しを取り返しに行ってくる」

119 理紀

「僕も行く!」

120 ブラッド

「いい! お前は待っててくれ、後生だから! 俺の寿命が縮む!」

121 理紀

「そんな照れなくてもー」

 足にしがみ付いた理紀をずるずると引き摺りながら、強引に歩き出す。早く誰か来ない物かと内心祈りながら、無理矢理引き剥がそうとした。

 この際、口を開けば小言しか飛び出さないフローズでも心落ち着くというものだ。理紀と二人きりという状況さえ、免れれば。

122 ブラッド

「ヤバイヤバイヤバイ重力制御なんて使われたら、腕力で敵うなんてレベルじゃねェぞ、俺どうする! どうする俺!!」

123 理紀

「団長、全部声に出てるよー」

 逃がすまいとコートに張り付いている理紀が満面の笑みを浮かべる。ブラッドは矜持も何も忘れて、地面を這いずりながら助けを求めようと手を伸ばした。

 視界に白いブーツが踏み込み、即座に見上げる。

124 フローズ

「何してんですか、団長。遊んでる場合じゃないんじゃなかったんですか?」

 刀片手に呆れた表情を浮かべて、フローズは溜め息を付いた。

125 ブラッド

「助かったァフローズ! コイツ引っぺがして! 早く! さあ今すぐに!」

126 フローズ

「そんなこと言って、引き剥がしたらすぐ逃げるじゃないですか。お手柄だな理紀」

127 理紀

「えへへー、褒められた」

128 ブラッド

「えへへじゃない、離せリキ! フローズの薄情者ー! このツンデレー!」

 傍観を決めたらしいフローズは、さっさとエアフロートに乗り込んでしまった。助けてくれそうには、到底見えない。

129 フローズ

「ちゃんと仕事して下さい。いくら安月給だって文句言ったところで、働かぬ者食うべからずです。大体、今回の作戦だって色々無茶通してるんですから」

130 ブラッド

「剥がしてくれたら仕事する。マジで。マジで。どっちにしろそろそろ突撃」

131 フローズ

「だそうだ。離してやったらどうだ、理紀」

132 理紀

「はァーい。でも突撃って、ここで待ち伏せじゃなかったんスか?」

 怪訝そうな顔で理紀が尋ねる。白ばむ空を見上げながら周囲を確認し、スクリーンに地図を展開する。蛍光色の点がいくつか表示され、瞬時に現在地点が割り出された。

133 ブラッド

「地下スラムの巨大廃棄場だ。3年待ったんだ、楽しませて貰おうじゃないの」

 ブラッドは実に楽しそうに言い切って、エアフロートに乗り込んだ。