GUNBURST

ACT02 SLEEP or DIE [ burst_02 ]
No. キャラ 台詞、状況

 周囲は変わり映えする事なく、延々とビルばかりの殺風景な景色が続く。ネオンの残骸と廃棄された鉄骨は、荒廃したスラムにも有り触れていた。照明は足下を照らして、照らされた雪は体温を奪って行く。

 人目に触れれば首を傾げられる姿も、スラムにあっては誰かが声をかけて来ることもなかった。全身に絡みつく悪意の視線も今となっては気にならなくなった。

 細い裏道に一歩踏み入れると、左右両の物陰から声を潜めて住人は互いに噂し合う。一方は若い女と中年女性、もう一方はホームレスと取れる男達。

001 ロマ

「……あの白いの、アルフィタの魔人がやってきた……中央府も、また物騒になるね」

002 婦人

「今更何言ってんだい。ここは元から物騒なもんだよ。あたしら流れの者には安息の地なんてないものさ」

003 ロマ

「ブライガに続いてアルフィタまで中央の支配下だ。どこにいても迫害される猫は、どこに逃げればいいんだ。余計な事をしてくれたものだよ、魔人も、レジスタンスも」

004 婦人

「だったらここで始末するかい?」

005 ロマ

「冗談はよしてくれ。身が持たないよ」

006 婦人

「ところでお前さん、南の放浪民族ロマだって言ってたっけね? 占っておくれよ」

 ロマの女は苦笑交じりに肩を竦め、古びたタロットカードに手を伸ばした。

 全身茶系の服に埋もれて男は銃を握り直す。ボロついた天幕の隙間から、冷たい風が吹き入る。

007 密猟者

「また見慣れない奴だ。こちらは銃を持っているな。どうする?」

008 売人

「どうするも何も、追い払わなきゃ居座られる。追いやらなかった方が悪い。それがここのルールだろ」

009 密猟者

「……そうだな、廃倉庫に居座ってる皇女なんてのも、それが原因だったな」

010 売人

「こっちを片付けて、次はあいつらだ。それだけだろ」

011 密猟者

「銃とナイフを持て、反撃されては敵わんからな」

012 売人

「分かってる。いちいちうるせェよ、オッサン」

013 密猟者

「お前は後ろに回りこんでくれ。前方は何とかしよう」

 長銃を手に、男は帽子を目深に被って立ち上がった。

 複数の足音が近付く。歩む足を止め、鐵零仕は何の感情の色もない無表情で、静かに振り返った。

014 ジャスカ

(タイトルコール)

 GUNBLAZE第二章 GUNBURST、ACT2「SLEEP or DIEスリープ・オア・ダイ

 静寂を纏っていた空気が震え、赤い防寒ジャケットを羽織った少年――ジャスカは立ち止って尻尾を泳がせた。人影のない暗い路地に、人の気配は感じられない。

 周囲を見回して首を傾げる。

015 ジャスカ

「……なんだろう、縄張り争いかな……でもここの連中、放浪者が溜まってるだけだよなあ」

 掃き溜めにも似た場所で、個人の主張を貫こうとする人間はそう多くない。争いが起きるのは、いつだって外部の第三者の介入があった時だ。

 とは、皇女藍羅の受け売りではあるが。そもそも彼女が何故そんな城下に詳しいのか、気にし始めたらきりがない。

016 ジャスカ

「まったく、姫様も人遣い荒いよー。猫は寒いの苦手なのに……どこにいるのかも分からない人間、どうやって探せっていうんだよー。うう、死臭が酷いし、早く帰りたいなホント」

 身を丸めて弱音を吐く。

017 密猟者

「誰かそこにいるのか!」

 曲がり角の辺りで、住人のものと思われる声を聞き、ジャスカは咄嗟に物陰に隠れた。勢いで側にあった空き缶を蹴った。

018 ジャスカ

「うわ、あぶっ」

019 売人

「空耳だよオッサン。それよりもこっちだ。折角の獲物、取り逃がしたら損ってもんだ」

020 レイジ

「……何の用だ」

 突然銃口を向けてきた男らを一瞥し、溜め息をついた。謂れのない扱いを受ける事に、疑問を持つのは諦めた。アルフィタでは騒ぎの渦中にいたためか、悪者の扱いだ。噂がレブナンスに及んでいても何ら不思議に思わない。

 狩猟が本来の生業らしい男が、苦笑じみた笑みを浮かべる。

021 密猟者

「見慣れない顔だ。ここの者ではないな、どこの所属だい?」

022 レイジ

「答える義務はない」

023 密猟者

「余所者が勝手に居着いては、住人側としても困るんだよ」

024 レイジ

「なら早々に出て行く、それで良いだろう」

 前方の男は訝った様子で暫し黙り、背後に詰め寄っていた男がナイフをちらつかせた。

025 売人

「残念ながらそうはいかない。お前はここじゃ不吉の象徴なんだよ!」

 振りかぶる。

 戦闘慣れしていない無茶苦茶な振り回し方のためか、避けるのに苦労しなかった。心底悔しそうに男は吐き捨てた。

026 売人

「くそ、ちょこまかと」

027 レイジ

「殺すつもりで来るなら、俺も手加減できない」

028 売人

「うるせえ! テメェみたいなヤツァな、ここでくたばっちまいな!」

029 レイジ

「……仕方ない、気が乗らないが」

 長銃の弾が足下を掠る。バランスを崩して数歩後退った。好機とばかりに踏み込んでくる若い男に向けて、引き金を引いた。

030 密猟者

「後ろががら空きだ!」

031 レイジ

「……っ」

 背後から灰布を掴まれ、右腕を絡め取られる。身動きできずにそのまま押さえ込まれた。凍った地面に叩きつけられた肩が痛む。露呈した白髪を見てか、男は絶句した。

 辛うじて空いている左腕に銃を取り、男に突きつける。目を丸く見開いたまま、震えた声音で呟いた。

032 密猟者

「赤い目……? 赤い目なんて存在するのか、薄気味悪いな……お前はまさか、本当に……」

033 売人

「何やってんだ、早く撃ち殺せ!」

034 レイジ

「それを返せ、さもなければ――」

035 売人

「さもなければ、か。なんだァ? そんなに大事なモンなのか、単なる布切れが。――あァ、もしかしてその頭、隠すための物ってェのか?」

 嘲笑じみた笑みを浮かべ、男の内若い方は薬臭を漂わせながら、ナイフを宛がった。首筋に鍔元が食い込む。

036 売人

「アンタ、自分がいる状況が分かってないみたいだな。数の上ではこっちのが有利なんだぜ?」

037 レイジ

「即刻、その口閉じるか失せるかしろ。目障りだ」

 顔を上げ、若い男は不快を露わにして叫ぶ。

038 売人

「魔人如きが命令すんじゃねえ! 安心しな、すぐに口が利けないようにその喉、掻っ切ってやる!」

039 レイジ

「命令じゃない、警告だ」

 痛む首筋と相変わらずの咆哮に、警告は聞き入れられなかったものとして、躊躇いなく引き金を絞った。男の頬を掠って弾丸は宙を舞う。呆然としている猟師姿の男の手を振り払い、レイジは立ち上がった。

 尻餅をつき、手をついてガラの悪い男が怒声を浴びせる。

040 売人

「ッてェ……! てめッ、よくも」

041 ジャスカ

「うっわ、あぶなっ、もうちょっとで巻き添え……」

042 売人

「あァ? 何だお前」

043 ジャスカ

「……えっ、ちょ、ちょっと、まさか」

 ドラム缶の影で蹲っていた黒い蛮猫の少年が、慌てふためいた状態のまま男を見返した。男は極悪の笑みに染まりながら、迷わずジャスカの肩を掴んでナイフを突きつける。

 影に気配があるのは気がついていたが、そこまで鈍臭いとは思っていなかった。思わず肩を竦める。男は高笑いし、向き直る。

044 売人

「これが目に入らねーかぁ! 下手に動けばこいつがどうなっても知らんぞ」

045 ジャスカ

「何でこんな事にー!」

046 レイジ

「……浅ましい」

 見知らぬ蛮猫相手に同情するつもりは毛頭ない。不運な猫が一匹混じるだけだ。銃口を向け、照準を定める。

 男は青い顔で少年と顔を見合わせた。

047 売人

「げっ、マジ撃つ気だ! おい坊主、お前そんな簡単に殺されていいのかよ!?」

048 ジャスカ

「人質にしておいて何言ってんだお前! 接点ない人間相手に誰が躊躇うんだよ! あー、これで僕も終わりだ~」

 弱気な発言をしながら少年は悲鳴にも似た声を上げる。

 手の甲に狙いを定めて撃つと、反撃する事なく弾丸は命中した。弾き飛ばされたナイフがタイル張りの地面で跳ね返り、男は悲鳴を上げる。

049 売人

「ぁあああ!! ……テメェエ!」

050 レイジ

「警告通りだ」

051 ジャスカ

「ああっ、今のうちっ。助かりました。ああ、これさっき奪われてたマフラ……え?」

 地面に落ちた灰布を手に、ジャスカが駆け寄る。

 足下で変わらず何かに怯えているような狩猟者から数歩離れ、目障りに感じる猫の額に銃口を突きつけた。驚いた様子で再び手にした物を落とし、少年はこちらを見上げている。

052 レイジ

「失せろと言ったはずだ」

053 ジャスカ

「え、僕も!? ……あ。アンタ、もしかして」

 少年ジャスカの言葉が終わらぬ内に、灰布を拾い上げ、場を去ろうと踵を返す。

054 ジャスカ

「その白い頭、赤い目、もしかして、鐵……零仕」

055 レイジ

「さあな、そんな名前は知らない」

056 ジャスカ

「ちょっと待ってくれ! お前、鐵零仕だろ、ずっと探してたんだ! 頼みたい事があって」

057 レイジ

「……断る」

058 ジャスカ

「待てってば、話を聞いてくれたっていいだろ!」

 追ってくる子供を振り切ろうと、先を急いだ。嫌な予感がする。

 内心では、少年が己の名前を知っていた事に驚きを禁じ得なかった。名乗ったのはたった一度きり。アルフィタの暴動の際、レブナンス軍のブラッド・バーン・ブレイズに対してだけだ。

 それを知っているとなれば。

059 レイジ

「名前……」

060 ジャスカ

「え、なに? もっかいオネガイシマス」

061 レイジ

「名前、どこで聞いた?」

062 ジャスカ

「それは切り札だから言えない」

 目をぱちくりとさせながら、少年はにやりと笑んだ。

 妙に腹が立って、銃をその額に傾ける。

063 ジャスカ

「わァアア、タンマ! その銃はなに? まったくもー、命が幾つあっても足りないよ……あ、はい、すんません! 答えます!」

064 レイジ

「手っ取り早く答えろ」

065 ジャスカ

「僕はジャスカ。レブナンスの第一皇女の……って、鐵?」

 答えている間にでも振り切ろうと、来た道を引き返そうとした途端、急に意識が遠退く。

066 レイジ

「……くそ、またか……」

067 ジャスカ

「ちょっと、大丈夫か、鐵!」

 ジャスカの呼びかけを最後に、意識は冷たい雪のカーペットに沈んだ。

068 藍羅

「……何やってんの、ジャスカ」

 呆れた口調で、訝って藍羅は告げる。彼女の従者は、気を失っている黒コートの男を引き摺って、全身で呼吸している。

069 藍羅

「あ、白い髪にうちの軍服に似た黒コート。ブラッドの言ってた特徴そっくりだわ」

070 ジャスカ

「えっ、情報源あの男ですか!? し、信じなければ良かった。どうしようもないのだったら、どうするんですかー!」

071 藍羅

「お黙んなさい。今はそういう事言ってられる余裕なんてないのよ。とにかく運び込むしかないわね……ジャスカ、手伝いなさい」

 舌を出して猫は嫌悪を露わにする。

072 ジャスカ

「姫様が考えてる事、僕にはもうさっぱり……」

073 藍羅

「グチグチ言わない、とっとと手伝う! あたしに力仕事させる気?」

074 ジャスカ

「猫遣い荒いんだから、もー」

 芯まで冷え切っているだろう体は、気を失っているだけに重たい。自分よりも体重がある分、廃倉庫に連れ込むのに苦労した。

075 ジャスカ

「それにしても姫様、本気ですか。なんだか用意の良い行き倒れで、僕には信用できませんー」

076 藍羅

「鐵零仕ねえ……違う名前だった気がするけど。コードは確か逆悪……悪ねえ、まさか用意されてたなんて事は……」

077 ジャスカ

「ぜッッたい危ないですよ姫様、まだあのふざけたトリプルBのがマシってもんです」

078 藍羅

「そう? あたしにはそうは見えないんだけど」

079 ジャスカ

「外見と中身が、全ッ然噛み合わない人ばっかり見てるからかな、この人……」

 ジャスカがぼそりと独り言を呟くと、地獄耳はすかさずそれを捕えた。

080 藍羅

「なんか言った?」

081 ジャスカ

「いーえ、何も言ってません! ……あ、起きた」

 ぼんやりとした頭で周囲を見回し、レイジは歎息した。未だ動くに至らないが、聴覚は麻痺していない。薄暗い寂れた場所で寝かされていたようだ、ランタン一つ木箱の上に置かれている以外、ステンレスの棚と麻袋しか見当たらない。

 足下を冷えた風が通り抜ける。

082 レイジ

「ここは……」

083 藍羅

「南地下スラム街の廃倉庫。コート勝手に脱がせたけど文句はなしね、毛布なんてなかったから」

084 レイジ

「……? 俺は」

085 藍羅

「行き倒れてたのを、そこのジャスカってのが拾ったのよ」

086 レイジ

「銃は」

087 ジャスカ

「あ、ああそっちの棚の上」

 墨の棚を指差して、ジャスカは再び視線を逸らした。

 寝かされていた場所を見る。網目の粗い麻袋が積み上げられているが、独特の薬品臭を漂わせている。

088 藍羅

「あ、そうそう、あともう一個。ちょっと失礼、頭下げて」

 藍羅が身を乗り出し、膝の上に乗りかかる。その様子を見て、ジャスカは悲鳴じみた叫びを上げる。

089 ジャスカ

「ちょっと姫様!? なんて事を! 仮にも一国の皇女が何てーはしたない!」

090 レイジ

「くそ、離せ、邪魔だ」

091 藍羅

「お黙り、ジャスカ! アンタもアンタよ大人しくしててちょーだい。ええっと……あったあった、大人しくしてて」

 首後部に痛みを感じて身を起こそうとするが、藍羅にがっちりと固められていて身動き一つ取れない。

092 ジャスカ

「姫様? 何ですか、その怪しげな薬」

093 レイジ

「……ッお前……何を」

 注射器のような物を手に、藍羅はあっけらかんと笑う。

094 藍羅

「倦怠感、眩暈、吐き気、頭痛に関節痛――」

095 ジャスカ

「姫様……、それは風邪では……」

096 藍羅

「ないわね? ないわよね? なくなってるはずよね? そんな顔しなくても、単なる栄養剤よ」

 呆れた声音で唸るジャスカを押し退けて、藍羅は肩を竦める。その素振りが、彼女の古馴染みであるブラッドの影響であるなどと、レイジは知る由もない。

 痛覚の残る首を抑えて頭を下げる。

097 レイジ

「……正直に答えろ、何をした」

098 藍羅

「人聞き悪いわね。ブラッドの情報網に引っかかった時から、衰弱してるんじゃないかと思って、人目を盗んで特注を持ってきてあげた、っていうのに」

099 レイジ

「ブラッド……」

100 藍羅

「ジャスカの話じゃ、スラムのヨボヨボの連中にまで押さえ込まれるなんて、相当食事睡眠取ってないようだし」

101 レイジ

「――ブラッド・バーン・ブレイズ」

102 藍羅

「あら、知り合い? レブナンスの軍人よ。って言っても、軍人の名前なんてフツー、一般にはそんなに知られたものじゃないかもね」

 反芻する。耳馴染みのある名前だ。彼女が親しげに話す様子から、近しい人間である事を示唆している。

 藍羅は数拍置いて続けた。

103 藍羅

「あたしは藍羅・レブナンス。この国の第一皇女。まあ、勘当されたばかりだけど」

104 レイジ

「皇女が何故こんなところでフラついている?」

105 ジャスカ

「お前、姫様に助けられた身なんだぞ、そこんとこ分かってるのか?」

106 レイジ

「それがどうした。頼んだ覚えはない」

 詰まる猫を尻目に、それまで掛けられていたコートを肩に掛けた。壁に寄りかかるとその硬度と温度が直に伝わる。

107 レイジ

「要件は何だ」

108 藍羅

「物分りが良くて助かるわ」

 憎悪の根源であるロイヤルを目の前に、冷静にいられるはずもない。撃とうと思えばいつでも撃てる。貴重な情報源はあるに越した事はないが。

 藍羅は得意げに告げた。

109 藍羅

「あたしは今の制度に不満を持ってる。でも真っ当な方法じゃ、上には近づけない。国王がそうしたからよ」

110 藍羅

「あたしが王になったら、アンタにまともな生活環境と戸籍をあげるって保障する。その代わり、国王の暗殺に協力して貰いたい。簡単な話でしょ?」

111 レイジ

「くだらない。親子喧嘩なら勝手に……」

112 藍羅

「あたしもそう思うんだけど、なかなかね。――知ってる? 北大陸のほとんどは、今やレブナンスの植民地。前線にいるのはアンタみたいな『武器』よ」

113 レイジ

「……それがどうした、俺には関係ない」

114 藍羅

「国王らに『武器』だって断言されて、人間じゃないって否定されてるのに、関係ないと言える?」

115 ジャスカ

「姫様、それはちょっと、神経逆撫でするだけじゃ……」

 ジャスカの言い分は尤もだと思うが、彼にだけは何故か言われたくない気もした。

 これは彼女のやり方だ。簡単に乗せられるつもりはない。依頼自体も厄介だ。捨て駒にされる可能性も無い訳ではない。どこまで信用できるか、さえ計りかねる。

 だが。

116 レイジ

「一晩寄越せ、考えてやっても良い」

117 ジャスカ

「……え、ずいぶんあっさり」

118 レイジ

「まだ返答を決めた訳じゃない」

119 ジャスカ

「あ、そか。安心しちゃいけないか」

 胸を撫で下ろす猫に向け、藍羅を指差す。

120 レイジ

「それよりも、コレをどかして貰えないか。いい加減重くて敵わない」

121 藍羅

「あああ、アンタ! 失礼ね!」

 慌てて飛び退いて、藍羅は叫んだ。

122 藍羅

「もー! ロイヤルにも御せないってどういう事ー!!」