No. | キャラ | 台詞、状況 |
無機質名研究施設は白を基調にデザインされていた。あまりに静かで、不気味ささえ感じられる。無菌室に並んでレントゲン室。 化学的な実験研究室にしては、随分病院めいた雰囲気を残している。 無駄なところにばかり金をかけている、というのが第一印象だ。国王なる彼は、前まではそんな人間ではなかったと思う。色々な事が起きすぎて、何がそうさせるに至った原因かなど、今更分からない。 コンソールを叩きながら、ただ応答を待った。何の返答もなく、時間だけが経過する。 |
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001 | 藍羅 |
「んんー、んー……」 |
唸る。 開いたウィンドウには、空白行ばかりが通過して行く。それは集中できていない証拠に等しい。 待てと言われたから待っている。じっと待つこと半時が経過した。 |
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002 | 藍羅 |
「いい加減、返事一言くらい寄越しなさいよ、あの馬鹿ー!」 |
立ち上がり、叫んでみたところで何かが変わるわけでもなく、また誰かが駆けつけて来る事もなかった。 |
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003 | 藍羅 |
(タイトルコール) GUNBLAZE第一章 GUNBLITZ、ACT4「 |
改めて周囲を見回す。 |
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004 | 藍羅 |
「人手不足なのか、余程信用があるのか。一人も監視置いてないなんて、呆れたもんだわ」 |
荒々しく椅子に座り直し、溜め息をつく。 唐突に扉が開き、思わず後退った。 |
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005 | 藍羅 |
「ひいっ」 |
006 | ブラッド |
「……姫さん、何遊んでんだ? ていうか、一人放置プレイ?」 |
開くと思っていなかった扉を指差したまま、硬直する。扉の向こうから覗いた能天気な顔を睨んだ。 肩に蛮猫族の子供を乗せた大柄な男は、こちらの姿を確認するなり、目を丸くするだけだった。 |
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007 | 藍羅 |
「しっ、心臓が止まるかと思ったわよ! 前触れもなく現れるなって何度……」 |
008 | ブラッド |
「そんなに俺に会いたかったか、愛い奴め」 |
009 | 藍羅 |
「誰がそんな事言ったー! 離しなさい、セクハラ扱いすんわよ」 |
相変わらずの無礼ぶりだが、今となってはすっかり慣れてしまった。付き合いの長い仲だが、言動の唐突さには未だついていけない。 抱きついてくる腕を解きながら距離を取る。 |
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010 | ブラッド |
「なんだァ? ご機嫌ナナメかー? ……ああ、我が君。実に暇そうではありませんか」 |
011 | ヌクリア |
「だんちょ、いまふわってした、ふわって」 |
012 | ブラッド |
「俺なんぞで良ければお相手致しますが」 |
013 | 藍羅 |
「ブラッド。優雅に挨拶したつもりで。それ、敬われてるのか、馬鹿にされてんのかワケ分からないわね」 |
014 | リブレ |
「あー、なるほど。色んな意味で吃驚ですよ」 |
015 | 藍羅 |
「え、ちょっと!」 |
言葉の適当さが信じられない程の優雅な身振りに、 ブラッドの影で笑う、見慣れない青年に慌てた。冷静さを保とうと一呼吸置いて画面へ向き直る。立体化したスクリーンには、数字ばかりが並んでいた。 |
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016 | ブラッド |
「ヤダなァ、それでも敬ってるとは俺曰く」 |
017 | 藍羅 |
「信用して良いのかどうかさえ、怪しいわね。何かもう、混乱しすぎて何が何だか……。説明しなさい、説明。」 |
防寒性のあるロングコートは他団の灰色と違い、白く仕立て上げられている。第12旅団員 少人数構成の為せる技としか言いようがない。 |
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018 | ブラッド |
「えー、そんな殺生な。いかに面倒か分かってるくせに、またそんな」 |
019 | 藍羅 |
「えーじゃない。面倒でもなんでもして貰うわよ」 |
020 | 藍羅 |
団章の入った山吹色の腕章、右肩には各人の名前。 |
色鮮やかな金髪の影に、配線が数本コートの中へと伸びているのが見えた。褐色の眼を好奇心に染めて、遠慮なくずかずかと近付いてくる。 見た目そのままの性格だと思った。例えるのなら、怖い物知らずというところだろうか。 |
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021 | 藍羅 |
「わざわざこっちまで来るなんて。ノイズなんて嘘でしょ」 |
022 | ブラッド |
「いや、ノイズはマジ。オンボロだって何度も言ってんだろ」 |
023 | 藍羅 |
「じゃあ、彼は?」 |
024 | ブラッド |
「あ、そいつ新入り」 |
025 | ヌクリア |
「あたらしくはいったのー、きょう」 |
026 | リブレ |
「リブレです。何度も言わせないで下さい」 |
027 | 藍羅 |
「まあ、後で詳しく聞かせて貰うわ、新入り君」 |
028 | リブレ |
「……もう良いです。それに関して、僕はもう何も言いません」 |
青年は溜め息混じりに隅の方で折畳式のパイプ椅子を広げた。呆れた様子ではあるが、愛想だけは良い。 タイミングを見計らってブラッドが口を開く。 |
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029 | ブラッド |
「よく知らねえけど、上の連中に盗聴されてるみたいでな。仕方ねェだろ、そうなっちゃ」 |
030 | ヌクリア |
「ヌク、"盗聴器"みつけたよ? ほらこれ」 |
そう言ってヌクリアが机の上に残骸を広げる。割れたプラスチックやら部品だったらしい物の一部がばら撒かれた。 その様子を見て、男が悲鳴にも似た声を上げる。 |
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031 | ブラッド |
「おまっ……壊したら意味ないだろ、壊したら。何だよもー、折角仕返ししてやろうと思ったのに」 |
032 | ヌクリア |
「とろうとおもって、ひっぱってみたら、ボロって」 |
033 | ブラッド |
「ちょっ、ヌク……。別のモン壊さなかっただろうな」 |
034 | ヌクリア |
「んーん、これだけだよ」 |
035 | ブラッド |
「分かった、分かったもういい。他何も壊してないならそれでいい。で、だな。問題はそれだけとは限んねェからな」 |
叱るに叱れない心境と言ったところだろうか。半笑いのまま少年の頭を小突く。 別に今に始まった事じゃない、とでも言いたそうな表情ではあった。今頃彼ら旅団の妨害なんてする気もないだろう、国王の考えている事はよく分からない。 |
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036 | 藍羅 |
「実際盗聴されちゃ面倒な事もあるから、否定はできないけどね」 |
037 | ブラッド |
「そういう事。見張りもいないのは流石にビビったけど」 |
038 | 藍羅 |
「見張りはいなくても、軟禁同然よ」 |
039 | ブラッド |
「だろうな。お前さん、とんでもねェ事企んでるらしいからな」 |
画面を覗き込みながら男は笑う。核心を突く言葉に思わずキーボードを叩いていた手を止める。 |
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040 | 藍羅 |
「どこまで知ってるつもり?」 |
041 | ブラッド |
「風の噂で。俺は直接聞いたものしか信用してないけどね」 |
042 | リブレ |
「僕も少しなら聞き及んでますが」 |
043 | 藍羅 |
「リブレ、だっけ。前の所属は?」 |
044 | ブラッド |
「頭でっかちのエリート部隊の、元大尉だってよ」 |
045 | リブレ |
「……第5師団です」 |
溜め息をついた。腹心の第12旅団は別として、そこまで外部に漏れているとは予想していなかった。第5師団所属と言えば、軍内の出世街道まっしぐらなわけだが。 情報解析と操作はお手の物な団だ。それだけに厄介な気がした。 |
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046 | ブラッド |
「俺が言った事にしとけばー? そしたら誰も信用しなくなるぜ。真相知ったって、別に閣下にゃ言いやしねェよ。恩よりは、恨みのがたっぷりあるかんな」 |
047 | リブレ |
「皇女が何か企んでる、くらいにしか聞いてませんから、大した事じゃないと思いますけど」 |
048 | 藍羅 |
「変な動きを見せたら即、ってとこかしら」 |
049 | ヌクリア |
「むずかしいはなし、ヌクわかんない」 |
050 | ブラッド |
「お前は知らなくていいぞ、どっかに言われたら困るからな」 |
自分は――彼にとっては上官にあたるかもしれないが、いつ国王の命令を優先してもおかしくない立場だ。 |
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051 | 藍羅 |
「ブラッド。一つ、約束して頂戴」 |
052 | ブラッド |
「真面目な話?」 |
053 | 藍羅 |
「良い? 例えギリギリの状況でも、裏切るな。あたしを」 |
先手を打つ必要がある。少しでも元に戻せるのなら、どんな些細な事でも試してみる必要がある。だが失敗は許されない。 そのためには。信頼できる人間が必要だ。いつになく真面目な面持ちで彼は黙って聞いていた。無茶を通している事は重々承知している。 |
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054 | 藍羅 |
「公式には排除された形で、旅団に所属してるアンタだから言うわよ。国を一つ、欲しいと思わない?」 |
055 | ブラッド |
「国は案外どうだっていいな。けどな。――俺は姫の兵だ」 |
056 | 藍羅 |
「リブレはどう?」 |
057 | リブレ |
「薄っすら理解できましたよ。そういう事なら乗ります」 |
058 | ブラッド |
「ところで姫さんよー、猫拾ったんだって?」 |
突然話を折られ、呆気に取られる。 |
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059 | 藍羅 |
「猫じゃないわ、蛮猫族よ」 |
060 | ブラッド |
「いやあ、猫だろ。尻尾あって、こんだけ手足違えば」 |
そう言ってヌクリアを膝に乗せる。 手足が獣の姿そのままなヌクリアと比べ、拾った蛮猫族の少年はより人間に近い姿をしている。どちらも年齢を重ねるにつれて、人間と区別のつかない姿になるのだろう。 |
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061 | ブラッド |
「お前さんが飼うわけでもねンだろ? あの連中、人間に対する恨み深いからなァ。特にお前さんは元凶の娘ときた」 |
医療班に治療を任せたまま置いてきてしまった少年の事を思い出す。きつく言ってはあるが、大丈夫なのだろうか。 |
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062 | 藍羅 |
「じゃあアンタの膝に乗ってる子は何よ」 |
063 | ブラッド |
「こいつは特別だからいいんだよ、イイコだから悪い事しねェしな」 |
064 | ヌクリア |
「ヌク、イイコにしてる」 |
065 | 藍羅 |
「よく言うわ……段々アンタの影響出てきてるのは気の所為?」 |
066 | ブラッド |
「気の所為。……て事にしてくれ」 |
この先どうなってしまうのか心配ではあるが、手に負えなくなってきているのも事実だ。思わず溜め息を洩らした。 |
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067 | 藍羅 |
「まあ、彼らとは利害が一致するのよ」 |
068 | ブラッド |
「利害? 何のだよ」 |
069 | 藍羅 |
「ちょっとは自分で考えようとか、思わないわけ」 |
070 | リブレ |
「まあまあ、穏便に」 |
071 | ブラッド |
「お前は徐々に化けの皮剥れてきたな……」 |
考える事は他人任せか。即座に返ってきた言葉に落胆する。流石のリブレもそれには参った様子だった。 |
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072 | 藍羅 |
「城下のドラッグと、おとといのあの騒ぎ。人間だ蛮猫だなんて騒いでる場合じゃないって事」 |
073 | ブラッド |
「やっぱアイツ、『それ』絡みの実験体だったの?」 |
074 | 藍羅 |
「さあ、詳しい事は聞かされてないから、調べないと分からないわね。特徴ははっきりしてるから、探すにはそんなに苦労しないと思うけど」 |
075 | リブレ |
「必要なら僕がやりますが」 |
076 | ブラッド |
「あー、頼むわ。お前なら軍部の端末でも何でも、簡単に侵入できそうな感じがする」 |
スクリーンに一つのファイルを展開する。アルファベットと数字で構成された文字列が一斉に流れた。横でそれを見ていたブラッドが悲鳴を上げる。 |
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077 | ブラッド |
「……って、なんだよこれは! 何の暗号だこりゃ」 |
078 | 藍羅 |
「アンタ、ホントに腕力だけなのね」 |
戦場に置いては彼の右に出る者はないとまで称されている割に、勉学に関してはからっきしのようだ。 渡された書類にすら、ほとんど目を通していないという話も、今なら素直に頷ける気がする。呆れた調子で軍服の襟元を掴み、そのまま続けた。 |
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079 | 藍羅 |
「そこいらに出回ってる強化ドラッグの成分表。でもって、こっちは今開発中の、その対策用のもの!」 |
080 | ブラッド |
「対策だあ? 前線に放り込まれてる連中なんてほとんどゾンビじゃねェかよ。あれを今更どうにかするってのか?」 |
081 | 藍羅 |
「出回ってるのは純度が低い粗悪品なのよ。あたしが父様に無理矢理作らされたのがこれ」 |
082 | ブラッド |
「けど、対策用なんて開発した日にゃあ、お前。自殺行為だぞ」 |
083 | 藍羅 |
「このままじゃ、中毒者皆あたしが殺してるようなもんじゃない。そんなの……」 |
084 | ブラッド |
「ちょっと、リブレ、お前が見た方が早そうだわ、これ。姫さん、手いい加減……首絞まる」 |
呼ばれた青年が苦笑しながら画面を覗き込んだ。ブラッドが先程から呼んでいる名前と言い、前の所属先といい、どこかで見た覚えがあるのは気の所為だろうか。 |
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085 | リブレ |
「本当に貴方がこれを作ったんですか?」 |
086 | 藍羅 |
「悪いけど、あたしこれでもこっち方面じゃ一線張ってるわよ?」 |
087 | リブレ |
「とんでもない皇女だな」 |
088 | 藍羅 |
「どういう意味?」 |
089 | リブレ |
「ここは本当に……子供でも軍に入れるだけの年齢に達していて、能力さえあればいくらでも上を狙えるんです」 |
090 | 藍羅 |
「あ、思い出した」 |
手をぽんと叩いてリブレを見やる。 |
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091 | 藍羅 |
「リブレ・アナレス元大尉。最年少かつ首席で第5師団に入った、手の付けられない問題児。貴方がその人! てっきり処分されたって聞いてたわ」 |
092 | リブレ |
「非常に残念ですが、それが正解です。だから新米でも新入りでもないって言ったのに……」 |
言葉を遮るようにアラートが鳴った。周囲を見渡してみたが、棟内で鳴っているわけではないようだ。視線を戻してみると、ブラッドが心底嫌そうな顔で無線を手にしていた。 |
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093 | ブラッド |
「多分、ここに来る前に姫さんが言ってた、上の連中からの押し付け任務だ……ちょっと行って来る」 |
声に破棄が無い。本当に嫌なんだろうと、何となく思った。 |
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094 | 中将 |
「南の……エアドレイドの鎮圧は」 |
095 | 宰相 |
「済んでいます。特に問題はないと思われる」 |
096 | 中将 |
「あの辺りは大人しいから苦労しないだろうな」 |
097 | 宰相 |
「北の猫は厄介ですよ、獰猛だ」 |
098 | アイザック |
「だから蛮猫と言うのだろう?」 |
099 | 宰相 |
「ご尤も。閣下、姫君の件に関しては如何致しましょう」 |
100 | アイザック |
「アレは放っておいても問題なかろう、大した事はできん」 |
重たい空気が過ぎる。円卓を囲む人数の割に、言葉を発する人間の数は限られた。 |
||
101 | 宰相 |
「ところで中将。第5師団の問題児は?」 |
102 | 中将 |
「処分した。12旅団回しだ」 |
103 | 宰相 |
「あの少将に任せるというのですか……無謀な事をなさる。まああの団であれば無茶もできまい」 |
104 | 中将 |
「それよりも西のアルフィタだ。こちらでレジスタンスの存在を確認しているが」 |
105 | 宰相 |
「危険と判断されますか」 |
106 | 中将 |
「どうだろうな。脱走サンプルを見かけたという情報が入っている事も気になるんだが……奴に任せるか」 |
人を呼び出しておいて、場所の指定もなく、探し回った末に辿り付いた会議室でさえ扉は固く閉めたままだ。いつもの事だと思いつつも、この扱いには正直腹が立つ。荒々しく扉を蹴り開けた。 皆苦い顔をこちらへ向けた。 |
||
107 | ブラッド |
「うるせーんだよ、どいつもこいつも。自分で動く気ねェなら、俺のする事に文句言うな」 |
国王以外が眉を顰めた。中心に歩み出る。 |
||
108 | 宰相 |
「少将、口を慎むべきだ。お前の階級は所詮紛い物なのだからな」 |
109 | ブラッド |
「そんなモンは閣下に言いな。俺はアンタらの捨て駒じゃねェ」 |
自分の親と同等の年齢の人間に囲まれる。異様な光景ではあった。だがそれは国王自身が招いた物だ。旅団設置にあたって、戦力に見合った階級を自ら与えた彼に文句を言えば良い。 国王は肘を突いたまま溜め息をついた。 |
||
110 | アイザック |
「正論だな、少将。良かろう、任務を与える」 |
111 | ブラッド |
「どうせ誰も行く気ねェんだろ?」 |
112 | アイザック |
「隊を一つ貸す。アルフィタの叛乱分子の始末と、逃亡したサンプルを捕獲しろ。良いか、決して殺してはならぬ」 |
113 | ブラッド |
「俺だけで足りる」 |
114 | アイザック |
「お前は最近失敗続きだからな。保険だ、連れて行け」 |
こんな理不尽な任務に、鬱陶しいだけの大所帯は要らない。自分一人なら民間に手を出す心配もない。それができるだけの戦力を与えたのはどこの誰だろうか。 力任せに扉を閉め、会議室を後にした。 |
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115 | アイザック |
「やれやれ……」 |
街は荒廃していた。経済上は豊かなはずだが、そこ彼処に廃退した雰囲気が漂っている。国が戦時中であることを考えれば、この切迫した空気にも自ずと納得が行く。 問題は国がそれを終わらせようとしていない事。辺りには両親とはぐれ、或いは失った孤児だらけだ。 |
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116 | クイーヴ |
「フローズ、いるか?」 |
仕分けされた麻袋の合間を縫って少年が覗き込む。立ててあった木材を倒して近付いてくる。 |
||
117 | クイーヴ |
「フローズ、おい、返事くらいしろ」 |
面倒見の良いレジスタンスのリーダーが匿っている子供の内の一人が、彼だ。そういう認識しかない。彼が見込んだ子供は、ほとんどが対抗手段を教えられていた。 彼はそれを護身のためだと言っていたが。 |
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118 | クイーヴ |
「フローズ! 少しは僕の手間も考えろ」 |
119 | フローズ |
「お前の手間なんて、大した事ないじゃないか。どうせ小間使い」 |
120 | クイーヴ |
「なっ……それを言ったら皆あまり変わらないだろ」 |
121 | フローズ |
「狙撃しか役に立ってないからな」 |
ライフルを背負った少年が拗ねた様子で背を向けた。無造作にポケットに放り込まれた無線からは、ノイズが漏れている。いつもと機種が違う気がするのは、あまり考えない事にした。 |
||
122 | クイーヴ |
「ヘイズは……何がしたいんだろうな」 |
123 | フローズ |
「戦争させたい訳じゃないだろう。本当に護身なんだよ、多分」 |
124 | クイーヴ |
「お前までヘイズの味方か」 |
125 | フローズ |
「……なんだ、反抗期か。じゃあ一つ聞く」 |
クイーヴの、予想外の切り返しに困惑している様子が見て取れた。構わず続ける。 |
||
126 | フローズ |
「お前は、身内の為に闘えるか」 |
127 | クイーヴ |
「どういう意味だよ、それ」 |
予想通り、ただ相手の遣り口が気に入らないだけで、深い事は考えていないようだ。 |
||
128 | フローズ |
「私は兄を探してる。いないなら仇を討つ。それだけだ」 |
リーダー・ヘイズとは都合の良い関係にあった。戦力を提供する代わりに戦術を習う。目の前のクイーヴにしたって同じ事だろう。スラムの子供は結局そういう扱いだ。 |
||
129 | クイーヴ |
「……もういい、僕は司令部に戻る。何かあってからじゃ遅いからな」 |
130 | フローズ |
「昨日のお前の家出騒ぎ?」 |
131 | クイーヴ |
「そっちじゃない、異人の方。下手に関わらない方が良い」 |
瓦礫を崩し、踵を返したと思った途端、足を止めた。彼は独り言のように呟く。 |
||
132 | クイーヴ |
「なんて言うか、空っぽなんだ。不気味だよ。……でも、荒らされるのも嫌だしな」 |
133 | フローズ |
「私は実際見たわけじゃないから、何とも言えないな」 |
134 | ヘイズ |
「……外が騒がしいな」 |
気にはなるが、諜報に当たっている仲間からの警戒の通信も特に入っていない。無理に動く必要もないだろう。念のために呼んでおいた医者の女は、奥のソファを占領して横になっていた。 元が軍人というだけに周囲の緊張は高まっていた。妙な動きを見せれば、その場で処分されるだろう事は目に見えている。それでも自分には彼女がそんな愚行を起こす気がしなかった。 |
||
135 | レイジ |
「迷惑をかけるかもしれない」 |
136 | ヘイズ |
「なに、うちはいつでも迷惑まみれだから今更大した事じゃない」 |
一晩のほとんどをだんまり決め込んだまま過ごしていたが、拾ってきた白髪の青年も同様の扱いを受けていた。何故雪原なんて辺鄙な場所にいたか、聞く気はない。 |
||
137 | ヘイズ |
「特に連絡来てないから、クイーヴか?」 |
雑音の原因が気になって窓の外を見やる。青年が黙ったまま立ち上がった。扉の前に佇む。 勢い良く開いた扉に銃口を向けた。 |
||
138 | クイーヴ |
「お前の素性が分かるまで、無条件で逃がしてやるわけにはいかない」 |
139 | ヘイズ |
「……やっぱりな」 |
暖炉の薪崩れて音を立てた。ライフルの標準を男に定めてはいるが、この距離では意味を為さない。流石にその事は本人も理解しているだろう。 |
||
140 | レイジ |
「邪魔だ、そこをどけ」 |
141 | フローズ |
「この馬鹿は無駄な正義感に捕われてるだけだから、気にしないように」 |
142 | ヘイズ |
「気にするも何も、相手にされてない感じすらあるけどな」 |
143 | クイーヴ |
「お前ら一言多い!」 |
144 | ヘイズ |
「まあ入れ、邪魔だから。クイーヴは一つ勘違いしてる事を覚えとけ」 |
クイーヴの上着を掴み、家の中に押し込んだ。バランスを崩して慌てている。不服そうな表情を浮かべて距離を取っていた。 どこで何を聴かれているか分からない。活動に関わる事を口にするなら気を配るべきだ。 |
||
145 | フローズ |
「おい、アホ。よく聞くように」 |
146 | クイーヴ |
「……アホじゃない」 |
147 | ヘイズ |
「一つ先に言っておく。お前がレブナンス側の人間じゃないと見たから言うが」 |
148 | レイジ |
「アレにあるのは恨みだ」 |
149 | ヘイズ |
「俺らは反レブナンス派のレジスタンスだ。民間には手を出さない事を掟にしている」 |
青年は相変わらずの無表情でそれを聞いていた。反対側に佇むクイーヴは納得がいかない様子でそれを見ていた。 |
||
150 | ヘイズ |
「で、クイーヴ。あくまでそいつは一般の民間人だ。お前は民間人に手を出した事になる」 |
151 | クイーヴ |
「善良な一市民が、いきなり銃口向けてきたりなんかするか!?」 |
152 | ヘイズ |
「原因はお前だろうが。一般人だって普通に武器持ってるご時世だぞ。お前の価値観で量るな」 |
153 | クイーヴ |
「ヘイズの常識を問いたいよ」 |
154 | フローズ |
「また始まった……」 |
155 | 斥候 |
「ヘイズ、大変だ! 軍が乗り込んできた!」 |
フローズの呆れた溜め息をきっかけに、木製の扉が勢い良く開け放たれた。スヴェルが肩で呼吸をしながら、廊下に倒れこんだ。 異常な様子を覗き込むと、腕に怪我を負っているのが確認できた。 |
||
156 | クイーヴ |
「スヴェル、撃たれたのか!」 |
157 | 斥候 |
「レブナンスの、よりにもよって疫病神が乗り込んできやがった……」 |
158 | レイジ |
「そいつは金髪か」 |
159 | 斥候 |
「らしいな……アイツら、狂ってる」 |
160 | フローズ |
「これは誰にやられた?」 |
161 | 斥候 |
「市内を暴れ回ってる中毒兵士だ、大した事ない」 |
呼吸が荒い。腕からは血が滲んでいた。髪のブロンドも湿った色をしている。怒りか、怯えか、動揺を見せるクイーヴの脇でフローズが肩を落としていた。 双方、暴動はあっても実際に軍人を相手にした事がない。 |
||
162 | ヘイズ |
「フローズ、スヴェルの代わりに伝達を頼んで良いか」 |
163 | フローズ |
「分かった、状況報告でいいんだな? ついでに診療所から必要そうな物、貰ってくる」 |
164 | サージェ |
「見せてみろ」 |
足音と気配に振り返る。寝ていたはずの女医が起きていた。深刻な面持ちでスヴェルの傍へしゃがみ込む。 袖を破り、傷口を確認する。 |
||
165 | 斥候 |
「……ッ触るな!」 |
166 | サージェ |
「弾丸が貫通している……酷い状態だ。ここに麻酔はないか?」 |
167 | ヘイズ |
「分かった、手配する」 |
168 | サージェ |
「頼んだ、できるだけ早く欲しい」 |
有力な味方を失う訳にはいかない。それ以上に彼は友人だ。人命を救うに当たって手段や人間を選んでいる余裕もない。 手持ちの医療道具を並べ始めた女の手を振り払い、スヴェルが叫ぶ。 |
||
169 | 斥候 |
「お前の手は借りない! お前も軍人だろうが!」 |
170 | サージェ |
「軍人? 規律が何だと言うんですか、目の前で死にかけてる人がいる!」 |
予想外の女の反応に面食らった様子を見せる。 |
||
171 | サージェ |
「私は軍人である前に医者だ。目の前で死なれちゃ、私が地獄に堕ち切れない」 |
172 | ヘイズ |
「スヴェル、大人しく治療を受けておけ。損はないはずだ」 |
その様子なら安心はできる。軍医を務めていたくらいなのだから、腕は確かだろう。残る問題は、彼が持ち込んだ現状報告の事だ。 青年が眼前に立った。 |
||
183 | レイジ |
「場所はどこだ」 |
184 | 斥候 |
「市内広場……連中は民間にも見境ないから気をつけろ。気を抜くとやられるぞ」 |
185 | ヘイズ |
「……どう、狂ってるって?」 |
憔悴しきった様子で口を開く。 |
||
186 | 斥候 |
「それが……」 |
肝心の言葉は、市内からの爆発音に掻き消されて聞こえなかった。 |